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雅臣は洋菓子店 La maison en bonbons まで行く途中で、閉店に間に合うよう走った。どうにか閉店五分前には到着した。
まず、入口の前で辺りを見回していた従業員が、雅臣を出迎えた。
「津久田さま」
以前も店にいた、女性従業員だ。少し幼く見える。
「よかった。今日はもう来られないかと、心配していました」
彼女は朗らかにほほえみ、仁科を呼びにいった。
「いらっしゃいませ」
奥から現れた仁科は、約三十分の遅刻が気になるのか、態度に刺があった。
「本日は十九時半から打ち合わせの予定でしたが、なにかトラブルでも」
「いいえ。……すみません。予定を忘れていただけです」
雅臣は息を整えながら、頭をさげた。
「………」
仁科は雅臣がひとりできたことと、走ってきたことに気づくと、顔をしかめた。
店長である男性が、仁科の横に並ぶ。アッシュブロンドの髪が、帽子の下からのぞいている。
「お仕事のあとで来ていただき、ありがとうございます」
雅臣は深く頭をさげた。
「いいえ。閉店時間にお邪魔してしまって、申し訳ありません。……本当は婚約者も連れてくる予定が、駄目になってしまったもので……ひとこと、謝りに来たのです」
店長の男性は『もう謝らないでいい』と、丁寧に促した。
「店長」
仁科が張りのある声を出した。
「すみませんが、このお客さまと、外で話してきていいですか?」
「………。どうして」
「知人として話したいからです」
「今さら、目が届かないところで?」
「はい」
店長の男性はいぶかしんだ。厳しい目つきになる。
「少しの間でいいんです。話が進まないのは、僕の落ち度ですから」
「きみに任せた私の落ち度だよ」
「……今回だけもう一度、お願いします」
仁科は引きさがらないようだった。女性従業員はバックヤードで、いたたまれなさそうな顔をしている。
店長は天井を見あげ、溜息をついた。そして仁科に言った。
「裏口に行って。十分間だけだよ」
「ありがとうございます」
「東山さんはその間、明日の仕込みやって」
「はい。かしこまりました!」
目上の男性は指示を出すと、雅臣と顔を合わせた。優しげに笑う。
「津久田さま。裏口の鍵は開けておきます。寒くなったら、いつでも店内にお入りくださいね」
「あ、はい」
笑顔からは、不穏なものも感じた。
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