2. オーダーメイドの頼み方

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 外は冷えていた。洋菓子店の裏口に回れば、月が輝いているのが見える。中秋の名月はまもなくだとわかる、美しい満月。 「……ここの店長、実はおっかない?」  雅臣は裏口につくと、潜めた声で聞いた。  仁科が頭に被っていた、パティシエ帽を脱いだ。 「わりと」仁科も小声で返す。 「お前大丈夫?」 「心配してくれるなら、あとで最高額のオーダーをください」  帽子でついたくせを直そうと、仁科が髪に手をやる。整えられた髪型が、少し乱れていた。 「津久田先輩、なんで今日もひとりなんですか」 「……誘うの忘れてて」 「本当ですか? いっそ、腹割って話してくださいよ」 「お前、態度が変わりすぎじゃないか」 「十分しかないので」  人どおりは少なかった。道路向こうの街灯が、店の花壇をうっすらと照らしている。 「だいたい、会場と連携が取れていない。オーダーなのにイメージが固まっていない。こちらの要望を聞いてくれない。遅刻。……おまけに店員のプライベートを勝手に晒す。津久田先輩って、迷惑な客なんですよ」 「辛辣すぎるだろ!」 「残り九分なので」 「………」 「時間管理に厳しかったひとなのに、最近の先輩はおかしいです」  雅臣は携帯を取り出した。時刻は午後八時二分……閉店から二分、過ぎている。  本来なら店に残っている全員で、片づけや明日の準備にかかる時間だろう。簡単に想像がつく。 「……実は」  雅臣は若葉との間にあったことを、端的に話した。 「どうして言わなかったんだって。……俺はあいつだけなのに、あいつは俺じゃなくてもいいんだって、まだ思えてきて」 「………」  聞いていたより、若葉が付き合ってきた人数が多い。それがわだかまりになっていた。 「結婚も……。……俺じゃなくても、て」 「……重症ですね」 「卑屈だとは、わかってんだけどな」 「卑屈っていうか」  仁科は漆喰の壁にもたれていた。手には脱いだ帽子。 「アドバイスになるかわかりませんけれど。ひとつ、気づいたことはあります」 「言ってくれ」 「はい」  雅臣も壁にもたれた。冷えが背中に伝わる。 「津久田先輩」  雅臣と仁科は、別方向の風景を見ていた。 「昔のひとくらい、誰にでもいますよ」  その言葉は、雅臣が夜空を見ているときに聞こえた。
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