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「俺はあいつとしか、付き合ったことがない」
「それが先輩の驕りなんですよ」
「……意味がよく」
「初恋は、今の彼女じゃないでしょう。片思いや失恋の経験は?」
「………。ある」
夜空に目が慣れてきた。今まで見えなかった星々が、視界に飛び込んでくる。
「忘れたり数えなかったりするけれど、誰でも恋を繰り返しています。それを全部、今の相手に聞かせるとか……しなくてもいいでしょう」
雅臣は若葉のことを思い出した。悲しそうな顔。
「俺も同じように前の相手がいて……若葉も、隠したわけじゃないって?」
「そう思います。……大事なことは別です」
雅臣は隣にいる仁科に視線を向けた。彼は店の花壇を見つめている。
「僕は今、新しい彼女がいますが。前のことなんて、お互い細かく話しませんよ」
花壇ではローズマリーが、紫の小花を咲かせていた。
「世良のことは……三年ほど付き合った彼女がいた、とだけ。最近、名前も教えました」
「……いつ、世良さんと別れたんだ?」
「あまり言いたくないんですけれど。専門学校を卒業するころ」
「なんで」
「振られました。寂しいとか、この職業だと将来が不安とかで」
仁科が脱いだ帽子を、宙に放った。
「そんなこと言われる筋合いないだろ」
「ただの悪口ですよ。……僕の場合は」
海外留学中に連絡しなかったのが、良くなかった。そう呟くように続けた。
「先輩が結婚するって聞いて、羨ましかったです。仲直り、頑張ってください」
「……長々と話して、悪かったな」
雅臣は背負っていたボディバッグをおろした。会社の書類やファイルの間に、招待状が見える。
雅臣は招待状を取り出し、仁科に向けた。
「仁科。結婚式、出席してくれないか?」
仁科は封の角が折れている招待状を、驚いた顔で見た。
「……今ですか?」
「若葉と話してくる。万が一駄目になったら、この招待状は捨ててくれ」
「え、キャンセルとかマジで困ります」
「そこかよ。あー……。祝儀いらないから、来てくれよ」
雅臣は招待状が受け取られるのを待った。
「たぶん部のやつら、仁科がどうしているか知りたいから、ケーキを頼むよう薦めてきたんだろうし……。お前も見たいだろ。ここのケーキが振る舞われているところ」
「そりゃ、もちろん。……喜んで出席しますよ」
仁科が片手で招待状を受け取った。カフェエプロンのポケットに仕舞う。
「十一月末なら店長がいれば、店は回るので」
帽子を被りながら、いたずら半分の笑顔を見せた。
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