2. オーダーメイドの頼み方

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 洋菓子店を出たあと、雅臣はもう一度、若葉に電話した。今度は電話が繋がったので、部屋の前で待っているとだけ伝えた。  午後九時過ぎ。雅臣は若葉の住む賃貸に到着した。そしてスーツポケットに手を入れながら、彼女を待っていた。  午後九時半。低いヒールの音がした。 「……まだ会いたくないって、言ったのに」  気まずそうな表情の若葉が、のぼり階段から現れた。目をそらしながら、雅臣の近くまで歩いてくる。 「家に行く以外、思いつかなかった」 「困る」 「……ごめん」  雅臣は若葉に、合鍵を差し出した。 「これ、返す」 「………。……待ってよ」  若葉は鍵を前に、立ちすくんだ。顔をゆがめると、両手で雅臣の腕を掴んだ。 「雅臣、待って。別れたくない」 「え? ああ、違う。俺も別れたくない」  雅臣の表情は、若葉より明るかった。キーホルダーもついていない鍵を、手で軽く振っている。  若葉は呆然として、雅臣を見つめた。 「……別れたくないの?」 「……無理」 「あ……良かった」  若葉は呆けたまま、床に視線を落とした。間を置いてから、雅臣に視線を戻す。 「……じゃ、鍵、なんで」 「甘えていたし、自分がやばいって気づいたから」  雅臣は若葉の手を取ると、強引に合鍵を握らせた。 「だから鍵はいったん返す。オーケーだったら、またくれ」 「……ちょっと、雅臣」  若葉は雅臣の言葉より、彼の体温に気を取られた。触れた手は、外の空気で冷えていた。 「若葉」  雅臣は若葉のことを、強く呼んだ。 「その……好きだし、結婚してほしい」 「……え?」  若葉はまた、呆けた顔をした。 「結婚して」  二回言われたときに、若葉は顔を赤らめた。 「こないだは俺が悪かった。いくらでも謝るから予定どおり」 「待って、待ってよ」  若葉はとっさに、両手を使って、雅臣の口をふさいだ。 「黙って」  ちゃりんと音を立て、合鍵が床に落ちる。若葉は赤い顔のまま、雅臣を睨みつけた。 「部屋はいろ。ここじゃ恥ずかしい」  雅臣が頷くと、若葉は急いで鍵を開けた。慌ただしく部屋に入っていく。  雅臣はすぐに続かず、コンクリートに落ちた合鍵を見ていた。 「早く来てってば」  若葉はパンプスを脱ぎながら、雅臣を呼んだ。 「……鍵は」 「拾え」  そのまま返さなくていいと、吐き捨てるように言われた。    ◇◇◇  若葉は部屋に帰ると、雅臣をリビングにとおした。しばらくしてから、ふたり分の珈琲を淹れて戻ってくる。 「これでも飲んで、落ち着いて」  そう言うなり、若葉が珈琲に口をつけた。すぐにマグカップを離す。 「………」  若葉は黙って、砂糖とミルクを珈琲に入れた。 「で、急にどうしたの」 「仁科と話してきた」 「……ああ、後輩の子」 「今日は打ち合わせ日だったんだ。ケーキは大まかに決めてきたけど、若葉の意見も取り入れるから」 「待って」  若葉がとん、と、机を左手の指で鳴らした。 「さっきの話は、もう終わりなの」  指を机に滑らせ、そのままマグカップを握る。 「さっきって」 「どうして急に、結婚してほしい、なんて」  若葉の左手には、雅臣が渡した婚約指輪が光っていた。
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