2. オーダーメイドの頼み方

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「栞ちゃんでしょ? よく覚えている。あの子は中学生のころ、大きな失恋をしたのよ。……常連の子、最近は男の子と一緒だなーって。私がレジから観察していたら……ある日、ひとりで泣きながら、店にやってきた」 「………」 「そして苺のショートケーキを、ホールで買っていったの」 「何号の」 「五号。苺ショートの五号よ。『失恋から立ち直るために、ひとりホールケーキの夢を叶えたんです』って、あとで本人が教えてくれた。完食したそうよ」 「……五号を、ですか」 「忘れられないわ」  ふたりのパティシエが世間話をしながら、厨房の入り口に立っていた。 「仁科。今、いいか?」 「ああ先輩。どうぞ」  仁科は雅臣に向き直ると、すっとパティシエ帽を脱いだ。 「本日はおめでとうございます」  仁科の隣にいた女性のパティシエも、雅臣に挨拶した。 「おめでとうございます。本日はよろしくお願いいたします」  雅臣より年上であろう女性は、えくぼを作って笑った。  披露宴のデザートを担当する彼女は、仁科がいる洋菓子店 La maison(ラメゾン) en bonbons(アンボンボン) に、以前に務めていたらしい。今でもときどき連絡を取っているそうだ。 「運んできて、仕上げだけここでやりました」  仁科が作業台の奥にある、ウェディングケーキを示した。  スクエア型と呼ばれている長方形のケーキで、二段重ねのもの。側面にはフリルのように絞られた生クリームが飾られ、そして飴細工の花が、表面に何輪も咲いていた。  透きとおった花はトルコ桔梗を模したもので、白と青がある。 「これ……本当に仁科が作ったのか?」 「店長と共同です。飴細工は、俺ひとりでやりました」  仁科は自分のことを『俺』と呼んだ。  たいていの後輩は、目上といるときは『僕』と、一人称を使いわけている。だが夢中で話しているときなどに、彼らは素がこぼれていた。 「七月に飴細工の講習を受けてから、ずっと練習していたんですよ。若葉さんに、見本が気に入ってもらえて良かったです」  仁科は嬉しそうに話していた。  ケーキの確認が終わると「またあとで」と、着替えにいった。    ◇◇◇  挙式の会場は、披露宴を行う建物とは別だった。  外を歩けば、日影は冷たく、日向は暖かい。  扉の前に立てば、会場の声が聞こえてくる。  挙式の手順を話す、司会者の声だ。  雅臣の隣では、若葉が小さな声で、手順を確認していた。 「指輪交換って、雅臣が先だよね。次に私」 「あー。緊張してきたな」  若葉はウェディングブーケを両手に構えたまま、こくこくと頷いた。 「なんか間違えるかも」  彼女は落ち着いたデザインのドレスを着ているものの、かなり緊張しているようだ。オフホワイトの光沢ある生地は、小刻みに揺れている。  若葉は今日、膝までのシルエットがわかる、マーメイドラインのドレスを着ていた。最初にふたりで選んだウェディングドレス。 「指輪交換のあとは、誓いの言葉だよな」 「うん」  ――良いときも悪いときも。病めるときも健やかなるときも。  今日なら素直に聞ける。 「新郎新婦の入場です」の声。入場曲がかかる。  雅臣は彼女と共に扉を押した。  この先も幸せが続きますように。  なにがあっても、自分たちなりに乗り越えられますように。  そう願いながら一歩、まばゆい方向へと踏みだした。  2. オーダーメイドの頼み方 (終)
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