3. ヘキセンハウス

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 栞は安藤と共に、仁科のもとに寄った。さきほどは気配を察するなり、時間を気にしていたが、今の仁科はなんの反応も示さない。 「仁科くん、大丈夫?」 「なにがです?」  仁科は柱にもたれたままだ。 「いや、具合が悪そうに見えたから」  栞は安藤の背に隠れて、やりとりを聞いた。 「立っているのに、疲れただけです」 「………。上の階へ食事に行こうか? クリスマスシーズンから頑張ってくれたし、今日ならふたりともおごるよ」 「僕は遠慮します」 「……仁科さん?」  栞は不安になった。仁科は笑っているものの、話し方がいつもと違う。抑揚がない。 「そう食べられそうにないので。またの機会に」 「わかった」  安藤は見限りをつけたようで、栞と視線を合わせた。 「東山さんはどうしたい? 帰るなら、まとめて車で送るけど」 「え、私は」  栞は言葉に迷った。……帰りたくないものの、食事は断られている。 「……まだ時間があるので、外のイルミネーションを見に行きたいです」  小さく「ご飯にも行きたかったですけれど」と、つけくわえた。 「イルミネーションか。僕は家族と見るからいいや」  安藤は軽い調子で、仁科の背を叩いた。 「仁科くんは見ていきなよ」 「……わかりました。あとで東山を送っていきます」  仁科は少し、声に張りを戻した。 「安藤さん、すみません」 「花びら餅を買いに行くからいいよ。僕も新年を祝うお菓子が、食べたくなったし」  安藤は栞が持っているケーキ袋に目をやった。 「東山さんはそれ食べて、色々と頑張ってね」 「あ、はい」  栞は袋を強く握った。 「じゃあふたりとも、明日と明後日は臨時定休日。三日後からよろしく」  安藤はスケジュールを言うと、ダウンジャケットのポケットに手を入れて、ホテルから出ていった。  仁科は栞とふたりきりになると、まず、ケーキ袋に目をやった。 「ガレット・デ・ロワか?」 「はい。社員割引で買いました。今日中に食べるつもりです」  ガレット・デ・ロワはフランスのパイ菓子で『王さまの焼き菓子』という意味がある。  フランスでは一月六日に食べられている、伝統のパイ菓子だ。表面に繊細な模様が刻まれている。  中にはフェーブと呼ばれる陶器人形が入っていて、食べるときにそのフェーブに当たった者は、その日限りの王冠と、一年間の祝福を受ける。 「なら、遅くならないように帰らないとな」  仁科がエントランスに足を向けた。自動ドアが開く。 「……崇人(たかひと)さん」  栞はふたりでいるときの呼び方で、仁科を呼んだ。 「どうしたんですか? さっきから少しおかしいです」 「………」 「どこか具合が悪いんですか」  栞は仁科を追いかけて、エントランスを出た。 「栞、早く行こう」  仁科は足早に、イルミネーションがある中庭に向かった。 「世良(せら)を見かけた。ホテルにいたくない」  細い声で言った。
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