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仁科が見かけたのは、栞にとっては、名前と年齢くらいしか知らない女性だった。
永岡世良。仁科の元同級生で、以前の恋人。
約三年間、付き合っていたらしい。
「私も店長も、今日はお客さまに会ったのに……。崇人さんは、前の彼女に会っちゃったんですね」
栞は仁科と並んで、中庭を歩いていた。十二月から行われているイルミネーションは、一月中旬まで続く予定だ。
中央ではプレゼントボックスが輝いており、すぐ近くの花壇では、白と青のライトが交互にまたたいている。
「世……永岡は」
「もう世良って呼んだの、聞きましたから。言いかえなくていいですよ」
栞は仁科と手を繋いでいた。フレアコートを着ても外は寒く、温もりが恋しかった。
「……彼女は誰かと一緒だったから、遠くから見ただけだ」
「遠くからで、わかっちゃうんですね」
「……みたいだ。自分でも驚いた」
のぼりエスカレーターにいる世良を見た。仁科はそう、栞に説明した。
「別れてから全然見ていなかったからか、落ち着かない。休ませてくれ」
「はい」
「あとで外に食事に行こうな」
「……はい」
栞は目の前のイルミネーションに気をやった。クリスマスシーズンは忙しかったので、年末年始の装飾をゆっくり見るのは、今日がはじめてだった。
「崇人さん。イルミネーション、綺麗ですね」
「うん」
「ご飯、どこ行きましょうか」
「うん」
「……ハリネズミって、とても可愛いですよね」
「うん」
「うん、しか言っていないの、気づいています?」
「うん。あ、いいや」
仁科ははっとしたような顔をして、目をそらすようにうつむいた。
「……ごめん」
「いいえ」
栞は繋いでいる手に、そっと力を込めた。
「気にしないでください。もやっとはしていますけれど、怒っていませんから」
ふたりはしばらく黙って歩いた。
会話が途切れると、互いの足音まで、耳に入ってきた。
栞は白い息を吐いて、仁科に問いかけた。
「聞きますね。世良さんって、綺麗なひとだったんですか?」
「いや、あんまり」
「……言い方」
「綺麗というより、可愛い」
「最初からそう言いましょうよ」
栞は仁科の横顔を覗いた。さきほどより、調子が戻ったように見える。
ヘキセンハウスを見ていたときの明るさは、まだどこかへ行っているが。
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