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「今日は崇人さんと、イルミネーションが見られてよかったです」
「うん」
「崇人さん、来年度もメゾンさんにいますか?」
「来年度はいる。まだ習うことがあるし……十五周年企画もあるから、いてほしいとも言われた」
「じゃあ来年も、ここにイルミネーションを見に来ましょうね」
栞は芝生に広がる光のじゅうたんを前に、ほほえんだ。
仁科は La maison en bonbons で、三年近く働いていた。若いパティシエはスキルアップのために、三年から五年での転職が推奨されている。
「栞はいやじゃないのか」
仁科は光のまたたきを見ていた。
「俺がよそで働いたら、休みも合わなくなる」
「……同業者になに言っているんですか」
栞は光に照らされた横顔を見つめた。
「私もいずれメゾンさん以外で、頑張りますし。それに……崇人さんが他店でどんなお菓子を作るのか、楽しみです」
栞は本心から話した。
静かに感じているもの寂しさは、表に出さなかった。
「崇人さん、明日からご実家に帰るんですよね」
「ああ」
「……次に会うのは、またお店ですね」
栞は仁科の腕に手を回した。特になにも言われず、反応もない。
栞の中で、言いようのない気持ちが膨らんだ。
……冬のイルミネーションも、相手が上の空だと寂しい。どうしたらいいだろう。
栞が思い悩んでいると、粉雪が降りてきた。積もらない細かな雪。
見あげると、空一面に、粉雪が舞っていた。
降ってきたな、と呟く仁科の声が、どこか遠くに聞こえる。
栞は雪を見ながら、ヘキセンハウスに粉砂糖を降りかけたことを、思い出した。
ヘキセンハウス。マジパンで作った人形たち。
アイシングと粉砂糖の雪が積もった、ジンジャークッキーの屋根。
ジンジャークッキーの壁。アイシングのレンガ模様。飴の窓。
飴の窓を作るには、クッキーの窓枠に飴を入れて、オーブンで焼く。
飴はオーブンの熱で溶け、童話通りの甘い窓になる。
飴の窓は中からライトを当てれば、ステンドグラスのようにきらめく。
大学のみんなと作りあげたときの達成感と万能感は、まだ胸に残っている――。
手元にはガレット・デ・ロワがあった。……祝福を授かれるパイ菓子。
栞にとってガレット・デ・ロワは、一番好きな菓子だった。食べるときに中に陶器人形が入っていれば、王冠と幸せがもらえるのが、子供心に楽しかった。
ガレット・デ・ロワを渡した安藤は「色々と頑張ってね」と言っていた。
魔女とグレーテルと、ひとりふた役すればいいよとも。
魔女はお菓子の家で少年ヘンゼルを捕まえた、物語の悪者。
グレーテルは臆病だけれど、兄のヘンゼルを解放するために、知恵と勇気を出した少女。
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