3. ヘキセンハウス

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 中庭の薔薇園を歩いていると、アルミ製のガーデンベンチを見つけた。そこにいた恋人たちが立ちあがり、去ろうとしている。栞は彼らと入れ替わるように、仁科と座った。  ガーデンベンチに座れば、イルミネーションが施された中庭全体が、よく見える。  栞は粉雪が降りてくるのを、しばらく眺めた。粉雪は青いイルミネーションに照らされて、暗がりに溶けてゆく。 「……崇人さんて」  言葉と共に息を吐けば、それも青く照らされる。 「少しだけ似ているんですよ。うちのシナモン……ハリネズミに」 「ハリネズミ?」 「はい。ひとつのことに夢中になるとことか。棘がそう痛くないとことか。実はそう懐いてくれないとことか……いてくれるだけで、私に幸せをくれるところとか」 「……いまいちわからないけれど、励ましてくれているんだよな」  仁科は栞の頭を撫でた。そして雪で髪が濡れているのを気にして、こう言った。 「夕飯に行こう。新年会シーズンだけど、どこかに入れるだろう」  栞はかぶりを振った。 「崇人さん、いいです。今日はご飯を食べに行かなくても、別に」  粉雪は静かに舞い降りている。 「栞」 「だって崇人さん、食欲ないんでしょう。ならもう少しここにいましょうよ」  栞は膝に乗せたケーキ袋を、抱え込んだ。 「今は私のことを……もっと見て、もっと知ってほしいです」 「………」 「もう少し話しましょう」 「……わかった」  仁科は立ちあがろうとするのをやめた。 「えっとですね」  栞は仁科に身を寄せた。雪と光を見つめながら、言葉を探る。 「まず……崇人さんも今日、お店のお客さまに会っています」 「……会っていない」 「…… La maison(ラメゾン) en bonbons(アンボンボン) 創立以来のお得意さまが、隣にいますよ。本日、商品お買いあげです」  栞は膝に乗せたガレット・デ・ロワを、仁科に見せた。 「崇人さんがメゾンさんに来てからも、私、ただの常連客でしたよ。一年近くも」  ふたりの前を、家族連れが通る。賑やかな話し声が聞こえる。 「……はじめて会ったときのこと、覚えていますか?」  年端のいかない子供が、イルミネーションと一緒に写真を撮ってと、せがんでいる。 「……第一印象は、シュークリームを大量に買っていった女子高生」 「崇人さん、それ、二回目です」  栞は目立たないよう、ベンチの奥で、仁科と手を重ねた。 「あとたくさんのシュークリームは、高校バレー部のみんなと食べました」 「運動後にカスタードってきつくないか?」 「全然いけます。そして私たちは……崇人さんがレジの使い方を覚えていないころに、会っています」 「……初日か?」 「たぶん。ポイントの入れ方もわからないようでしたから」  栞は仁科に身を寄せながら、話を続けた。 「……出会ったときに、少し頼りないあなたを見ているんです。だから辛いときは……もっと甘えてほしいです。私はずっと」  栞はひと気がなくなるのを待ち、声を震わせた。 「……仁科さんを見ていて、好きだったから」  うつむいたので、相手の顔は見られなかった。
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