1. 閑散期のシロップ

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 栞はジンジャーエールが乗ったトレイを片手に、休憩室の扉を開けた。  休憩室には、ワイシャツ姿でくつろぐ仁科がいた。椅子にはスーツの上着がかけられている。 「東山、大丈夫か?」  仁科が栞にたずねた。表情には気遣いがうかがえる。 「元気です」  栞はなんの表情も浮かべずに、ジンジャーエールをふたつ、休憩室の机に置いた。  そして仁科の隣の椅子を引くと、すぐ、机に突っ伏した。 「どこが元気だ」  仁科は呆れた声で言うと、ジンジャーエールに口をつけた。  栞はうなだれたまま、心情をこぼした。 「体は元気です。心もすぐ元気になります」 「そうか。良かった」 「仁科さん。甘いものください」 「ジンジャーエールでいいか?」 「甘い言葉が欲しいです」 「品切れだ」  仁科は栞の頭に、肘と腕を置いた。そしてまた、ジンジャーエールを飲んだ。 「……私、店長のこと、尊敬の意味で好きなんですけれど」  栞は頭に仁科の腕を乗せたまま、ぼやいた。 「うん」 「たまにねちっこくて、怖いです」 「あー」 「なんであのひと、ああなんですか?」 「……さあ。まあ精細さの、裏返しなんじゃないか」  仁科は曖昧に答えた。 「店長はこの店……『お菓子の家』を作ったひとだしな。怖いのは、しかたないだろ」  店名の『La maison(ラメゾン) en bonbons(アンボンボン)』は、日本語訳すれば『お菓子の家』になる。 「店長は『ヘンゼルとグレーテル』の、魔女ってわけですか」  栞は暗い森と、そこにそびえるお菓子の家を、思い浮かべた。 「なら私はグレーテルですか? こき使われる女の子」 「落ち着け」  仁科は栞をなだめると、栞にもジンジャーエールを飲むようにすすめた。
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