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栞はジンジャーエールが乗ったトレイを片手に、休憩室の扉を開けた。
休憩室には、ワイシャツ姿でくつろぐ仁科がいた。椅子にはスーツの上着がかけられている。
「東山、大丈夫か?」
仁科が栞にたずねた。表情には気遣いがうかがえる。
「元気です」
栞はなんの表情も浮かべずに、ジンジャーエールをふたつ、休憩室の机に置いた。
そして仁科の隣の椅子を引くと、すぐ、机に突っ伏した。
「どこが元気だ」
仁科は呆れた声で言うと、ジンジャーエールに口をつけた。
栞はうなだれたまま、心情をこぼした。
「体は元気です。心もすぐ元気になります」
「そうか。良かった」
「仁科さん。甘いものください」
「ジンジャーエールでいいか?」
「甘い言葉が欲しいです」
「品切れだ」
仁科は栞の頭に、肘と腕を置いた。そしてまた、ジンジャーエールを飲んだ。
「……私、店長のこと、尊敬の意味で好きなんですけれど」
栞は頭に仁科の腕を乗せたまま、ぼやいた。
「うん」
「たまにねちっこくて、怖いです」
「あー」
「なんであのひと、ああなんですか?」
「……さあ。まあ精細さの、裏返しなんじゃないか」
仁科は曖昧に答えた。
「店長はこの店……『お菓子の家』を作ったひとだしな。怖いのは、しかたないだろ」
店名の『La maison en bonbons』は、日本語訳すれば『お菓子の家』になる。
「店長は『ヘンゼルとグレーテル』の、魔女ってわけですか」
栞は暗い森と、そこにそびえるお菓子の家を、思い浮かべた。
「なら私はグレーテルですか? こき使われる女の子」
「落ち着け」
仁科は栞をなだめると、栞にもジンジャーエールを飲むようにすすめた。
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