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栞は顔をあげて、薄紅色の炭酸水を見つめた。爽やかな音を立てている。グラスに触れると、心地よい冷たさが伝わる。
ひと口飲んでみると、新生姜の辛味と、それを包む甘味が、口中に広がった。
炭酸の刺激が喉を通る。暑さで疲れた体には、ぴったりの飲み物に思えた。
「美味しいよな」
「最高です」
栞は頷き、新生姜のジンジャーエールを味わった。ささやかな辛味だった。
「……安藤さんな。たまにこうやって、手作りの差し入れをくれるんだよ。社員にだけ」
「え?」
「俺、去年もジンジャーエールもらった。……短期バイトや見込みが薄い社員には、プライベートの時間を割いて作ったものは、やりたくないんだってさ」
仁科はジンジャーエールを、飲み干そうとしていた。
「去年の最初にもらったジンジャーエールは、もう少し甘くなかったよ。スタンダードな味っていうか、俺好みだった」
「………」
「去年『とにかく僕が飲みたいやつ』って作ってきたのは……生姜のすりおろしや鷹の爪が効いた、かなり辛口のジンジャーエールだったな……」
「あ、お酒に合いそうな感じですか?」
「そういうのだ」
栞はさっきのテストの、回答を思い出してみた。
薄紅色のジンジャーシロップの材料は――新生姜にグラニュー糖。蜂蜜にレモン汁。シナモン。バニラビーンズ。クローブ。黒胡椒。アニス。
鷹の爪は、答えになかった。
「今日のジンジャーエールは、お前にあてて作ってあるだろ」
「……ですね」
「気に入られてるんだから、頑張れ」
栞は新生姜から作られた、薄紅色のジンジャーエールを、ゆっくりと飲んだ。
グラスを空にすると、顔をあげて立ちあがった。
「よし。店長を呼んできます。……接客や焼き菓子の袋詰めなら、私ひとりで十分ですから。仁科さんは店長と、じっくり話してください」
「わかった」
仁科は笑って、氷だけになったグラスを、銀のトレイに戻した。
栞は安藤と入れ替わるように、ショーケースの前に立った。一番の定位置だ。
自分はここで頑張って、調理場での立ち位置も増やす。そんな姿を、恋人にも見てもらう。
そしてここに並ぶケーキみたいな――喜ばれるケーキを提供できる職人になるんだ。
栞はさまざまな想いを胸に、背筋を伸ばした。
口にはまだ、爽快な刺激が残っていた。
1. 閑散期のシロップ (終)
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