1. 閑散期のシロップ

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 栞は顔をあげて、薄紅色の炭酸水を見つめた。爽やかな音を立てている。グラスに触れると、心地よい冷たさが伝わる。  ひと口飲んでみると、新生姜の辛味と、それを包む甘味が、口中に広がった。  炭酸の刺激が喉を通る。暑さで疲れた体には、ぴったりの飲み物に思えた。 「美味しいよな」 「最高です」  栞は頷き、新生姜のジンジャーエールを味わった。ささやかな辛味だった。 「……安藤さんな。たまにこうやって、手作りの差し入れをくれるんだよ。社員にだけ」 「え?」 「俺、去年もジンジャーエールもらった。……短期バイトや見込みが薄い社員には、プライベートの時間を割いて作ったものは、やりたくないんだってさ」  仁科はジンジャーエールを、飲み干そうとしていた。 「去年の最初にもらったジンジャーエールは、もう少し甘くなかったよ。スタンダードな味っていうか、俺好みだった」 「………」 「去年『とにかく僕が飲みたいやつ』って作ってきたのは……生姜のすりおろしや鷹の爪が効いた、かなり辛口のジンジャーエールだったな……」 「あ、お酒に合いそうな感じですか?」 「そういうのだ」  栞はさっきのテストの、回答を思い出してみた。  薄紅色のジンジャーシロップの材料は――新生姜にグラニュー糖。蜂蜜にレモン汁。シナモン。バニラビーンズ。クローブ。黒胡椒。アニス。  鷹の爪は、答えになかった。 「今日のジンジャーエールは、お前にあてて作ってあるだろ」 「……ですね」 「気に入られてるんだから、頑張れ」  栞は新生姜から作られた、薄紅色のジンジャーエールを、ゆっくりと飲んだ。  グラスを空にすると、顔をあげて立ちあがった。 「よし。店長を呼んできます。……接客や焼き菓子の袋詰めなら、私ひとりで十分ですから。仁科さんは店長と、じっくり話してください」 「わかった」  仁科は笑って、氷だけになったグラスを、銀のトレイに戻した。  栞は安藤と入れ替わるように、ショーケースの前に立った。一番の定位置だ。  自分はここで頑張って、調理場での立ち位置も増やす。そんな姿を、恋人にも見てもらう。  そしてここに並ぶケーキみたいな――喜ばれるケーキを提供できる職人になるんだ。  栞はさまざまな想いを胸に、背筋を伸ばした。  口にはまだ、爽快な刺激が残っていた。  1. 閑散期のシロップ (終)
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