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たとえでもなんでもなく、わたしは本当に「お姫様育ち」だった。
父は、戦後の農地改革の網から奇跡的に零れ落ちたように、相変わらずの有力地主で、文字通りわたしを「溺愛」していた。
欲しいものは何でも買ってもらえた。
最新流行の装いも、レコードも本も。
わたしの感性は、もはや田舎娘のモノとは程遠くて。
とにかく早く、この鄙びた場所から華やかな都会へと出たくてたまらなかった。
奥座敷に引っ込んだまま、めったに出てくることのない母親とは、ほとんど顔を合わせることがなかった。
「病弱なひとなのだ」と。
その程度の認識しかもっていなかった。かまってもらったことも遊んでもらったこともなかったからだ。
正直、彼女は、わたしにとっては「居ないも同然」のひとだった。
そんな母親の寝所に突然呼びつけられたのは、十八の誕生日を目前にした頃だった。
「容体がよくない」のだと。
そう聞かされた。
襖を開け、布団に横たわる女性を見る。
驚いた。
要は「死にそう」って話だったのに。
病み衰えているはずだし、もうそれなりの年齢のはずなのに。
そこにいたのは、どう見ても「妙齢の」美しい女性だったからだ。
「お久しぶりね……」と。
他人行儀なようで、妙に馴れ馴れしい口調で、母はわたしに話しかけた。
「ねぇ、貴女。この家が、安泰で栄えているのはね」
随分と唐突に話が始まった。
膝を巻き、かしこまって座りながらも、わたしは、何事だろう? と眉間に皺を寄せる。
「この栄華が借り物だからなのよ。お駄賃なの。これは。本当に村を支えているのは『双子さま』」
なんだろう、このひとは。
頭がおかしいのだろうか?
わたしはひどく非情なことを考える。
「双子さま」?
この村の、一体どこに、双子なんていた?
「あのね、わたしと同じで、貴女は『借り腹さん』なのよ」
母が続けた。
「『双子さま』の子を宿すのが、貴女の役目」
「双子さま」の子である双子を孕み、産み落とした後は、「この家」を継ぐ「次の借り腹さん」を生まなければならない。
要するに、それがわたしの役割なのだと。
とても「母」には見えない、その若い女性は語った。
「貴女、誕生日が近いでしょう? 生まれ月近くが、一番『気』が漲っていて、孕むのには良い時期なのよ。それに『双子さま』がお生まれになったのも同じ頃なの。一番いいわ」
何を言ってるのだか。
わたしは、あっけにとられて二の句も継げなかった。
「もちろん、孕むのは早ければ早い方がいいのよ。でもね、世の中のこともあるからって、お父さまが。さすがに高校を出るくらいまでは、体裁が悪いって」
「ちょっと……待ってよ。わたし、大学の推薦も取れてて」
そうよ。
これからは華やかな場所で学生生活を楽しむんだから。
それに何なの、その話からすると……。
「ねぇ……じゃあ、その「双子さま」っていうのは、わたしの兄さんってことになるんじゃないの?」
母は、フルフルと首を横に振った。
「いいえ、双子さまは神様。貴女は『借り腹さん』」
「じゃあ、わたしのお父さんって、誰?」
あの優しいお父さんは、わたしの本当の父親じゃなっていうの?
母は答えなかった。
そして静かに目を閉じる。
「ねえ、ちゃんと答えて。なんなの、それって?! わたしは誰の子供なのよ、わたしのお父さんって、その『双子さま』とかいうひとなの?」
目を開かぬまま、母が繰り返す。
「……双子さまは神様、貴女は『借り腹さん』」
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