町火消し

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町火消し

面接部屋に呼ばれた僕達二人は 名前を確認され、 勧められるがまま パイプ椅子に座った。 矢鱈と息苦しく感じるのは、 この部屋に窓がないからだけでは なさそうだ。 腕組みした山尺が 威圧的に上から見下ろしている。 ──やっぱ コッチの世界の人じゃない。 どう見てもこの人。 冷静に考えたら学生が ひと夏に100万って、 よっぽどヤバい事でもしないと 稼げないだろ。 僕の危機管理本能が ようやく頭の中で壊れんばかりに 警報を鳴り響かせる。 平和ボケで退化した頭でさえも、 明らかにこれは危険だと。 ── 捜索願いが 出されるような者は駄目って何? 今更ながら 先程三尺が話した説明が 頭をよぎる。 異様な空気。 これはもしかして、 人身売買や臓器売買が 絡んでいるようなヤバイ案件 なんじゃないのか? 裏バイトだけあって。 目の前の机には 無造作に置かれたハサミ。 埋もれた大量の黒髪の合間から 札束が覗いている。 ── イボンヌの髪なのか……? 慌てて視線を逸らす僕とは反対に、 タマキは身を乗り出し テーブルの上の札束を 露骨に注視している。 遠慮も何もあったもんじゃない。 「どっちが烏山で、 どっちが聖石だ?」 山尺の質問で我に返ったタマキが 飄々と答える。 「はぁい。 オレ、あ……ワタシが烏山タマキ。 享年16才です!」 ── タマキ…… 享年ってお前、死んでいるのか。 意味解ってないよな。 「……嘘つくなよ。まぁ良い」 山尺は重ねて質問した。 「で? お前達は何ができるんだ。 我々の役に立つのか?」 「え。役に…… あ、私は目が良いですよ? 暗闇でも目が見える」 タマキは胸を張って答えた。 ── オイ。 そんなの初めて聞いたぞ。 でも、特技って そんなんで良いのか? 彼等が求めている答えは そんなんじゃないんじゃない? 山尺は「ほぅ」とつぶやいて 顎をさすっていた。 ── え。良いの?  そんな『ビックリ人間コンテスト』的なので。 と、山尺は鋭い視線を 僕にスライドさせる。 無言ながら「で、お前は?」と 訊いているんだろう。 緊張と混乱で 背中に厭な汗が流れ落ちる。 それを知ってか知らずか、 両者の視線の間にタマキが 身を乗り出し割り込んで答えた。 「コイツ、泳ぎ……いや、 卓球が得意なんですよ。 もぅメッチャ強い」 ── ちょ、何言ってんの? 僕は卓球部に所属してた事は勿論、 卓球が強かった事なんて 生まれてから一度もないぞ。 確かに、タマキとなら試合して 負けた事ないけどさ。 そりゃタマキが 球に戯れついてるみたいに はたき落として、 僕のエリアに打ち返して こないからで。 そもそもタマキ、卓球のルール 知らないんじゃないのか? ……っていうか、相手は今、 そんな答えを待ってる訳じゃ ないだろ! 帰国子女で 英語がペラペラだとかさ、 数学が得意で お金の管理は任せとけ、 だとかさ……。 僕はタマキの言葉を あえて否定するでもなく、 恐る恐る山尺の顔を窺った。 山尺は顔を真っ赤にして 小さく震えている。 まるで噴火前の不気味な余震だ。 あぁ。駄目だ。オワッタ。 「ぶわぁっはっはっは!!」 笑っていた。 ──え。今のどこがツボだったの? 笑いの沸点、低くない? 茫然とする僕を置き去りに 山尺は豪快に笑い出した。 まるで呼吸困難になったみたいに ヒーヒー言っている。 すると、 まるでそれが合図だったかのように 隣の部屋から奇妙な格好をした 男達がドカドカと雪崩込んで来た。 あっという間に 面接部屋の人口密度は高まり、 満員電車さながらの様相を見せる。 リアルに酸欠状態だ。 季節が曖昧な 都会の空の下とはいえ、 太陽から噴き出すプロミネンスは 田舎も都会も分け隔てなく 平等に照りつけているハズだ。 今の季節に全く似つかわしくない 厚手で黒っぽい 揃いの半纏を羽織り、 その背中には漢字の『八天』。 刺し子の頭巾を被って 目だけ出してる者も。 その片目は 海賊みたいなアイパッチ。 ビルの外はもう 夏が始まっているというのに ピッチリとしたレギンスのような モノを履いている。 スキンヘッドの強面な男の手には 柄の長い鎌みたいな武器。 目つきの鋭い男。 顔に生々しい傷跡がある男。 全員がキリリと締めた ねじり鉢巻に地下足袋姿。 ── コスプレ? これは町火消しか何かの コスプレなのか? 「お(かしら)! コイツあれじゃないですか? 中国に卓球留学してた 日本最強の……」 ── え? ちょ、誰それ。 誰と勘違いしてんの? 僕は、卓球下手クソな タマキよりかは強いだけだよ? 「いや、コイツは 強力な遣い魔ですよ。 蛇や蟲や犬神なんかの動物を 使役するのか? それとも他人の見る夢でも 操るのか? 小僧、白状しやがれ! とにかく用心して下さいや。 胡散臭ェ」 ── 遣い魔って何よ? サブカル的な何かか? 極めて一般人な僕には 全く意味不明だよ。 そっちのジャンル 全くわからないし。 それに貴方達の方が 控え目に言っても よっぽど胡散臭いですよ? 「あ! 見て下さいよ。 首筋に三ツ星の紋。 由緒正しき妖術使い『聖家(ひじりけ)』の まわし者じゃないですか?」 まるで首根っこ掴まれて ぶら下げられた仔猫みたいに、 町火消しの一人に 僕の首は掴まれる。 ── イテテテ。 それただのホクロだから。 家紋や紋章や入墨なんかじゃなく、 生まれつきある何の変哲もない ホクロだ、か、ら! 聖家じゃないし、 由緒もヘッタクレもない 聖石家の人だし。 「烏合の衆が……」 タマキだった。 タマキが今まで見た事もない 凶悪な顔で吐き捨てるように ポツリとつぶやいた。 部屋は一瞬にして 水を打ったかのように静まり返る。 町火消しの一人が沈黙を破った。 「な、何だと! そう言うお前も 真っ黒クロスケだろが!」 タマキの顔色が変わった。 幽鬼のようにゆらりと立ち上がる タマキを僕は慌ててなだめる。 普段は温厚だけど、 色黒を茶化されるとタマキは 手がつけられなくなるからだ。 「オイ! お(めぇ)ら止めねぇか。 コイツ等を採るか採らないかは 俺が見極める。 お前らはすっこんでろ!」 山尺のドスが効いた声が 部屋に木霊した。 途端、雷に打たれたかのように 町火消し達は大人しくなって 隣の部屋へすごすごと 戻って行った。 「烏山、聖石、すまなかったな。 ウチの若い衆は 喧嘩っ早くていけねぇ。 取り敢えず採用する。 自宅に交通費を送るから、 そこの紙にも住所を書いてくれ。 ただし仕事に馴染めなくて 逃げ帰る場合 帰りの交通費は負担しない。 無事に帰れるかも保証できない。 期間内最後まで働いたら100万。 途中で脱落した時は鐚一文(びたいちもん) 1円も払わない。 行く先は日本にあって日本にあらず。 完全なる裏仕事だ。 労働基準法とかハナから関係ない。 学生も社会人も関係ない。 それでも働くか?」 真剣な顔付きに戻った山尺は まるで「お嬢さん、お逃げなさい」 と慈悲の心を見せる 森の熊さんみたいだ。 ──1円も払わない?  日本じゃない? 逃げ帰る?  労働基準法関係ない? 蟹工船的な雰囲気満点じゃないか。 返事を言いよどむ僕の横で 満面の笑みを湛えたタマキは 「ハイ!!」と 元気良く返事して胸を張っていた。
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