29人が本棚に入れています
本棚に追加
墨染の羽根
「仕事に関しては勿論、
今日の面接に関しても他言無用だ」
わかるな? と念を押す山尺。
どうやらそこで面接は終わった。
「ところで烏山、
以前どこかで会った事あるか?」
さり気なく、付け足すように
三尺は言った。
「ヤダなぁ、
俺の事ナンパしてるんですか?」
タマキはおちゃらけて
手をヒラヒラさせた。
三尺はそんなタマキに
苦笑いしている。
僕達二人は山尺に会釈をして
部屋を後にした。
足元の薄汚れた絨毯の上に一つ
落ちている黒い羽根に
僕はその時気付く事もなかった。
部屋の扉から出る時、
背中で三尺がポツリとつぶやいた。
「……女か」
僕は一瞬立ち止まるタマキを促し、
古いビルから灰色を琥珀に染める
夕暮れの街へと吐き出された。
僕達は
モノトーンの街並みの上っ面に
カラフルな色が塗りたくられた
表通りへと迷い出る。
電線やゴミ箱の上から
再び鴉達に見張られながら。
タマキは思い出したかのように
自動販売機に駆け寄り、
おでんの缶詰を買う事を
忘れなかった。
「なんで夏におでんなんだよ」
タマキが面接で
僕の特技が卓球だと
出まかせに話した事を根に持って
突っかかる。
「食べたいモノに
季節は関係ないだろ。
ちなみに沖縄では夏だって
コンビニでおでん売ってるって
いうぜ?」
卓球の話なんか全く覚えていない、
というより今さっき面接した事すら
覚えていないみたいだった。
まるで始めからおでんを買いに
秋葉原までやって来たような様子の
タマキ。
タマキは雑踏で立ち止まり
躊躇なくおでんの缶詰を開けた。
── え。テイクアウトじゃなく、
こちらでお召し上がりなの?
「すっげぇ。
大根もガンモも……牛スジまで。
玉子はうずらの卵なんだな。
コータも喰う?」
僕は首を横に振る。
山尺の言葉がまだ僕の頭の中で
飛び回っていた。
観光地でたまに見かけるアレ。
頭の中は、丸いドーム内を風圧で
おみくじがグルグル回っている
アレみたいな状態だ。
未来を告げるであろうおみくじを
僕は上手く捕まえられずにいた。
道端でティッシュを配る
ゴスロリの女の子とすれ違う。
にこやかに差し出された
ティッシュを思わず受け取って
しまった。
大丈夫。白塗りの老婆じゃない。
この辺にあるメイドカフェの
案内がティッシュには
プリントされていた。
「全盛期に比べれば、
今やレッドデータブックに
載りそうな勢いで激減したよなぁ。
メイドさん達は
守るべき絶滅危惧種だ」
「何でお前がそんな
メイド事情に詳しいんだよ」
「そりゃ、
伊達に長生きしてないからな」
── お前も僕と同じで、
まだ16年しか生きていないだろ。
駅が見えて来るとタマキは
天狗のマークを
しげしげと見つめた後、
名残惜しそうに空き缶を
ゴミ箱に捨てた。
「この街は、鴉の街だな」
夕闇の底に沈み行く、
紺と赤の斑らな空を見上げながら
珍しく真面目な顔で
ひとりごとの様につぶやくタマキ。
その手には緑がかった
鴉の黒い羽根。
面接部屋で帰り際に拾ったと
タマキは言う。
からかうように僕は言った。
「じゃあ、お前の街じゃん。
烏山タマキ」
「オイ!
ゴミを漁るようなあんな下品な
連中と一緒にするなよ」
タマキは羽根をポイっと
放り投げた。
「タマキ、嘘までついて
あんな安請け合いしちゃって
大丈夫なのか? 見るからにヤバ」
言い終わる前にタマキは割り込む。
「嘘なんて1つもついてない。
コータは卓球上手いじゃん。
あくまで俺から見ての
主観だけどさ。
それにナニ他人事みたいに
言ってるんだよ。
大丈夫な訳ないだろ?
最初から危険なんて百も承知だ。
百万目当てだけに」
タマキは自分の台詞に
自分でウケている。
── 面白くないぞ。全然。
既に秋葉原の街を薄闇色の黒い羽が
包み込もうとしていた。
電飾に命が宿ると昼間とは違った
偽近未来都市が目の前に降臨する。
まるでチャチな
SF映画のセットみたいだ。
悩んでいる暇もなく
僕達の奇妙な夏休みが
始まろうとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!