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カムロなビートルズ
次の日、学校から帰ると
錆びたポストに封筒が入っていた。
中身を確認すると、
新幹線のチケットが入っている。
新幹線と在来線の切符。
そして、メモの切れ端。
封筒に切手は貼っていなかった。
いつの間にか
直接ここまでやって来て、
ポストに投函したんだろうか。
僕達はつけられていたのかも、
しれない。
『待ち合わせの場所に迎えをやる。
家族や知り合いには
居場所を教えるな。
時間厳守。
遅刻の場合は契約を解除する。
尚、この紙は読んだら
必ず処分する事』
墨で達筆に書かれていた。
読んだら自動的に消滅する……
訳ではなさそうだ。
── 昨日面接へ
行ったばかりだというのに
忙しないな。
でも、そうも言ってられない。
明日から夏休みが始まるんだから。
指令書を手で細かくちぎりながら
僕が大きく溜息をつくと、
横でヌバタマは
大きなあくびをした。
黒猫は
カリカリを1つも残さず平らげて
「見回りに行って参る」とでも
言うようにキリッとした顔で
僕の方を振り向いた。
そして台所の格子窓から
身を捩りながら
ブヨンと出て行った。
ああ見えてヌバタマは、
近所の猫と鉢合わせに
なったとしてもひと睨みしただけで
戦わずして他を退けるだけの
眼力を持っている。
実に頼もしい。
ビビりな僕とは大違いだ。
僕はおばさんの所へ行って、
夏休み中は田舎へ帰って過ごす
予定だから留守中ヌバタマを
宜しくお願いします……
と伝えて来た。
宜しくお願いしますと言っても
ヌバタマは手のかからない半野良。
只の飼い猫と違って
結構タフなヤツだ。
雨がかからない所に餌と水を
置いておいて貰えば大丈夫。
奴は行く先々で
様々な名で呼ばれている。
黒丸、黒豆、黒飴、暗黒様、
クロちゃん。
数少ない目撃例だけでも
これだけある。
媚びない癖に、行く先々で
近所の隠れファンから貢物も
絶えないようだ。
猫からはモテている様子が全く
無い。
猫好きなおばさんは、
僕からのお願いに迷惑どころか
むしろ大喜びしていた位だった。
人見知りでプライドの高い
ヌバタマが大人しくおばさんに
手なづけられるとも
正直思えなかったけど。
部屋に戻ると当然のように
タマキが上がり込んでいた。
僕はタマキの姿に言葉を失った。
学校で最後に見たときには
いつものタマキだったはずなのに、
剛毛な髪が綺麗に切り揃えられて
いたからだ。
「な、何なの? その頭」
僕の部屋にビートルズがやって来た。
「おう! 待ってたぜ。
お前も早く髪切れ」
鋏を片手で持ってカニみたいに
チョキチョキしながら
手招きしている。
── 厭だ。お前、シオマネキか。
「イボンヌとかいう
美人なお姉さんでさえ
あの場でバッサリ髪切ったんだぜ?
俺達だって意気込みってか、
ヤル気ってか見せてやんなきゃ
不味いだろ」
「お姉さん……って
イボンヌはお姉さんって年じゃ
なかっただろが」
── 老婆だよ。
「お前何言ってんの?
綺麗なお姉さんだっただろ。
どっちでも良いや。
俺が切ってやるよ」
タマキが認識している美人の基準が
僕には解らない。
戸惑う僕の襟足辺りの毛を
ジャキンと遠慮なく切り落とす
タマキ。
肩にハラリと髪の毛が落ちる。
どうやら本気らしい。
── それ、髪切る鋏じゃないよな?
紙切る鋏だよな?
「ちょ、待て!
お前のその髪は
誰が切ったんだよ?」
タマキの攻撃を
数秒でも遅らせる為
僕は無駄な抵抗を試みた。
「これ? 美容師やってる姉ちゃんに
店で切ってもらったんだ。
禿にしてくれって」
── 何。禿って。
「僕もっ!
僕もタマキのお姉さんに
切って貰いたいんだ。良いよね?」
「チ。面倒臭ぇなぁ。
時間と金が無駄だろ?」
良いじゃないか。
僕達にはまだ時間は有り余ってる。
確かにお金は
有り余っていないけど。
「今、姉ちゃんに
確認するから待ってろ」
── 普通に美容院へ
電話予約しているみたいだけど、
本当にタマキのお姉さん
なんだろうか?
どっちでも良いけどさ。
電話を切ると、
タマキは鋏と封筒を
ちゃぶ台に置いて立ち上がった。
── そうだ。
タマキは僕の事情に合わせて
危険も承知で闇バイトに
参加してくれてるんだった。
そして覚悟をきめて
自らの髪まで切った。
それなのに、僕がその位の覚悟を
見せないでどうする!
僕は覚悟をきめた。
予約したはずなのに
タマキのお姉さんとやらは
不在だった。
お姉さんの同僚と思しき人は
躊躇なく、僕の頭を禿にした。
1時間後、僕の部屋には
ビートルズのメンバーが二人、
膝を突き合わせて
ちんまり畳に座っていた。
タマキは僕を指差して言った。
「お前意外と似合ってるな。
きのこの山みたいだ」
── お前もな。
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