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旅の始まり
タマキと僕は早朝から電車に乗って
東京駅へとたどり着いた。
夏休みだというのに
早起きしなきゃいけないのは
ラジオ体操が課されていた
小学生以来だ。
僕達はもうラジオ体操時間の起床を
免除されても良い年齢のハズ。
でも仕方がない。僕の事情だ。
今から僕達は新幹線に乗って
東北へと向かう。
最終着地点が一体どこなのかは
謎のまま。
恐怖のミステリーツアーはもう、
始まっている。
否が応にも緊張感がジワジワ
湧き上がってくる。
いよいよ闇バイトに参加するんだ。
そんな僕とは対照的にタマキは
駅弁選びに頭を悩ませている
ようだった。
「タマキ、早くしないと
新幹線行っちゃうよ?
不採用だよ?」
「ちょ、チョット待て!
焦らせんなよ。
千円近くする弁当だぞ?
しっかり選ばないと一生後悔する。
コータはもう決めたのかよ?」
決断力と実行力はどこへ行った。
「僕はもう
お握り2個買って来たよ?
弁当なんて何でも良いじゃん」
ムッとして勢いよく振り返る
タマキの耳元に僕は囁いた。
「100万円貰ったら好きなのを
好きなだけ買えば良いだろ?」
タマキは手近な弁当を引っ手繰ると
会計を済ませて
すぐさま戻って来た。
「そうだよな。
コータの言う通りだ。
不採用になったら
元も子もないよな」
タマキは不敵な笑みをこぼした。
新幹線の指定された席に乗り込むと
タマキは早速弁当に手を伸ばした。
── え。それって昼飯じゃないの。
後ろの席では、父と子……。
夏休みの帰省客なのか、
男の子の楽しげな声が聞こえる。
そんななか、止める声も聞かず
タマキは包みを広げる。
「だってさ、
美味そうな弁当見てたら
今すぐ食いたく
なっちゃったんだもん」
── そうか。
僕の買ったお握り2個を
アテにしてるんだな。
まぁ、良いよ。
過酷になるであろう旅に
付き合わせているんだから。
満足気に弁当を突きながら
タマキはしみじみと語る。
「昔はさぁ、東京駅周辺も
だだっ広い荒野だったのにな。
北国から電車に揺られて
都会にやって来た若者達が、
金の玉って言われてなぁ。
今ではこんなに
人間増えちゃってさ。
見たか。
東京の通勤ラッシュを。
あれに耐えて働く世のお父さん達は
まるで修験者のように尊い」
「なんだか過去を見て来たみたいに
言ってるけど、それ『金の玉』
じゃなくて『金の卵』だろ?
もし当時上京した人が
乗ってたら怒られるよ」
僕は周りを窺いながら
声をひそめて言う。
「金の玉でも金の卵でも
金の卵子でも同じような
モンだろ。
どれも新たな生命の源って
意味ではさぁ」
── 同じじゃないだろ。
なぜ玉子じゃなく卵子なんだ?
「それにしても
『滄海変じて桑田となる』とは
よく言ったもんだ。
海がいつのまにか桑畑になって、
桑畑がいつのまにか
ビルになっていく。
昔の東京は
ただの湿地帯だったのに」
ドヤ顔で僕を見るタマキ。
「タマキにしては随分難しい言葉を
知っているね。さすがだよ」
美味しい弁当を平らげ満足なうえ、
物知りだって褒められたタマキは
もうゴキゲンだ。
「タマキにしてはって何だよ。
そりゃ、長く生きてりゃその位は
知ってて当たり前だろ?」
── だから、お前も、
16年しか生きてないから。
流れ行く車窓の景色に目をやる。
いつの間にか街の景色は
緑色に波打つ豊かな水田に
変わっていた。
その背景は山並みを縁取る
澄み渡った夏の青。
自然が減っているっていう割に
溢れてるじゃん。緑が。
新幹線に乗っている
乗客から見れば、
前から後ろにゆったりと
流れていく景色。
でも外から見ている人にとっては
きっと僕達が瞬く間に
流れて消える流星みたいに
見えているんだろうな。
悠久の時の流れからすれば、
実際僕達は瞬く間に
飛び去って消える流れ星みたいな
ものなんだろう。
神の視点と人の視点。
僕達は決して
神なんかじゃないけれど。
列車のリズムが
催眠術のように眠りを誘う。
流れる景色を
ボンヤリ眺めているうち
眠りに落ちていた。
途中タマキが
席を立ったような気配がした。
きっとトイレにでも
行ったんだろう。
──ついでに僕の分も、
用を足して来てくれないかな。
それが駄目なら、
行ったついでにここへトイレを
持って来てくれたら良いのに。
到着にはまだ間がある。
朝が早かったから眠いのは
仕方ないよな。
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