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闇バイト
今時珍しい人種なのかもしれない。
僕はケータイを持っていない。
アパートの部屋を貸してくれている
おばさんや、婆っちゃんに
多少なりとも気を遣って。
無駄にお金をかけられない。
遠い親戚だというだけで、
おばさんにはただでさえ
食事や身の回りの世話まで
してもらっているんだから。
ケータイ電話がなくても
別に不都合でもない。
友達の数だって
僕はそんなに多くはない。
それに行動範囲も広くはない。
そもそもその辺の高校生みたいに
複数のSNSを使いこなせる程
僕は器用じゃない。
でも、お陰で煩わしい人間関係に
悩まされる事もない。
昔はそんなモノなくても
普通に生活していたんだろうし。
そんな僕に気を遣っているのか
僕の前でタマキが
ケータイを触る事は今迄一度も
なかった。でも、今回は違った。
タマキはケータイ片手に怪しげな
高額時給のバイトを検索しては
紙にメモをとり、
次々とリストアップしていった。
相変わらずタマキのメモは雑で
平仮名ばかりなうえ誤字も多い。
訳あり死体洗いや、
バナナで釘が打てるような極寒の
冷凍倉庫での肉体労働。
荒れ狂うベーリング海での
蟹工船漁師。
ヤバイ臭いがプンプンする運び屋。
オレオレ詐欺らしき
掛け子受け子に出し子。
いくら短期間に大金が必要でも
犯罪まがいな仕事はまずい。
夏休みの間だけ極寒のベーリング海
クルーズに参加して、
蟹と戯れじっと手を見る訳にも
いかない。
途中で
「学校始まるんで帰ります」
ってのは認められないだろう。
自分だけ海の上歩いて
帰る訳にもいかないし。
お蟹持ちになれても、
お金持ちにはなれそうにもない。
高校生にしては小柄なうえ、
童顔な僕が肉体労働ってのも
正直ピンとこないな。
運動もイマイチ得意じゃないし、
「体力と筋力には自信がないです」
って胸張って言える。
選んでる立場じゃないのは
よく分かってる。
でも、働き始めてすぐ
辞めざるを得ないバイトじゃ
意味ない。
「この中で唯一可能なのは
死体洗い位か」
書き出された
リストを見てつぶやく僕に、
タマキは遠心力で頬っぺたが
引きちぎれる位激しく首を振った。
「馬鹿! そんな無謀な仕事、
憑依されたらどうすんだ!!」
── ヒョーイ?
タマキって意外とそういうの
怖がるんだな。
妖怪っぽい話や都市伝説は
大好きなクセに。
「タマキ、そんな事言うなよ。
職業に貴賎はないって
いうじゃないか。
そういう仕事でも、
それをやってくれる誰かがいるから
世の中回ってるんだよ。きっと。
そもそも選んでる場合じゃ
ないんだよ」
僕の言葉を
聞いているのかいないのか、
タマキの左右の親指は超高速で
ケータイの画面を叩く。
「ちょ、ちょっと待て!
コレ。これはもしかしたら
お前にピッタリかもしれない。
見ろよコレ。
夏休みの間だけで100万。
延長希望OK。
ただし、小柄な方優遇。要面接。
定員揃い次第募集終了。
げ。急がなきゃ」
タマキはケータイの画面を
親指と人差し指で拡大してみせた。
「面接は主要都市受付だけど、
仕事は地方なんだね」
つぶやいた僕に
タマキが興奮気味に答える。
「リゾートバイトって
奴じゃないのか?
夏の間だけペンションで
バイトとかってあるだろ?
俺も行こうかな。
出逢いとかありそうじゃない?
勤務地は東北の方なんだな。
東北は美人が多いぞ」
ニヤニヤが止まらないタマキ。
一体どんな妄想してるんだ。
「タマキさぁ、
遊びに行くんじゃないんだよ。
あ。コレ、
昔僕が住んでいた田舎の近くだ」
メモを書き殴るタマキは
そんなこと聞いちゃいない。
「たび、かご……って
どんな仕事だろうな」
「オイオイ。
それ、『旅籠』って読むんだよ?
旅館の事だよ。勤務地の移動あり。
駅からは送迎……だって」
消去法で
この仕事しかないと思った。
一カ月ちょっとで100万って、
きっととんでもなく
キツい仕事だろうけど
とにかくやってみないと判らない。
それに小柄な方優遇って……
条件ピッタリじゃないか!
チビな自分を
珍しく褒めてやりたい。
「よし、早速電話だ」
── え? ちょ、待って。
考える時間は無しか?
まだ心の準備が……。
タマキはいつだって
行動力あるよなぁ。
「ハイ。……わかりました。
あ、メモ取るんで。ハイ。
あ、大丈夫です。
今だけの電話なんですね?
ハイ是非。二人です。
烏山珠貴と聖石光太。
よろしくお願いします。
では当日。……失礼します」
電話を切ったタマキは地黒な顔に
真っ白な歯を見せニカッと笑った。
そしてビシッと親指立てる。
「基本、現地に
携帯電話やPCの持ち込みは
出来ないんだってさ。
問い合わせ先の電話番号は
面接に関するものに限られていて
今だけの連絡先なんだって。
仕事期間は外部とは一切
連絡取れなくなるらしいよ。
ヤバそうだよな? 面接は明日だ。
年齢不問、履歴書不要だって」
──ヤバそうと言う割には、
ワクワクが止まらないって
顔してるぞ。
タマキはメモに時間と場所を
ヘタクソな平仮名で書き殴り、
『あきばはら』って文字に
ぐるぐると丸をした。
「……わかった。ありがとう」
「え? 何言ってんだよ。
俺も行くよ?」
「そんな。
ヤバい仕事かもしれないのに
タマキまで巻き込む事は
出来ないよ」
「何言ってんだよ!
寄りかかった船だ。
俺達友達だろ? それともアレか?
自分だけ100万
手に入れようって魂胆か?
ズルいぞ」
そう言ってタマキは
ガハハと豪快に笑った。
── そりゃ
『乗りかかった船』だろ?
そうやって、いつもお前は僕に
気を遣わせないように
するんだよな。
「オレん家。受験生いるから
俺、邪魔がられてんの。
どっか、旅行でも行って来いって
言われてたんだぜ?
住み込みバイト丁度良くね?」
タマキは伸び切ったボサボサ頭を
格好つけて撫で付けた。
「面接に通ったらな」
僕達は二人
ガシッと右腕をクロスさせた。
不安をあげたらキリがない。
でも、小柄な方優遇っていう言葉に
チビである事をコンプレックスに
生きてきた僕は一筋の光を見た。
折角共に立ち上がってくれたのに
ずんぐりむっくりな体型のタマキは
小柄とは言い難い。
果たして一緒に行けるだろうか?
でも、困難にぶち当たっても
泣き言なんて言わず
飄々と前に進み続ける
タマキが一緒だと、
僕は何だか勇気が湧いてきて
心強かった。
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