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鴉の街
指定された面接場所は
秋葉原の雑居ビルだった。
激しい色が爆発する看板の建ち並ぶ
表通りでは、コスプレお姉さんが
無表情な通行人に
笑顔でティッシュを配っている。
でも、お姉さん達が
一体何のキャラクターに
扮しているのか僕にはサッパリ
分からない。
サブカルの聖地も
賑やかと言えば聞こえは良い。
でも特に興味がない者から見たら
雑多という言葉の方が
しっくり来る街だ。
ビビッドな看板が乱立して、
とがったカタカナの文字が
いちいち目に刺さる。
見方によっては
80年代に描かれたマンガの
退廃した国籍不明な近未来都市
といった風情ともいえるかも
しれない。
外国人の姿も多く見られる。
もはや『ヲタク』は
世界共通らしい。
眼鏡をかけ両手に紙袋を下げた
年齢不詳な服装をした男。
リュックを背負った見るからに
ヲタという感じの男が、
ケータイの地図を見ながら歩く
タマキとぶつかった。
男は小さく舌打ちしてボソッと何か
口にすると、足早にその場を
立ち去って行った。
「何だよアレ!」
タマキは口を尖らせて
文句を言っていた矢先、
ズラリと並んだガチャを発見して
歓喜の悲鳴をあげながら
駆けて行った。
自動販売機を見つけては
興奮しながら何か言っている。
「コータ!
帰りに絶対天狗のおでん缶
買ってかえろうな。な? な?」
──完全に観光気分かよ。
コイツには
キンチョーという種類の感情が
欠落しているんだろうか。
髪の毛も多いけど、心臓の毛も
さぞかし剛毛な事だろう。
地図を頼りに
色が少ない灰色の
燻んだ裏通りを僕等は歩く。
そこは殺風景な上、
矢鱈と鴉が目に付いた。
まるで電線やビルの窓辺から
僕達を見張っているみたいだ。
奴等は鋭利な刃物を砥ぐように、
黒曜石みたいな嘴を
何度も何度も落ち着きなく
足元に擦り着けてはコッチを
見ている。
面接場所に指定された
古いビルに入る。
仄暗いそこには
陰気なコンクリートの臭いが
微かに染み付いていた。
薄汚れた壁は化石になった
アンモナイトや三葉虫の記憶を、
暗い海底の砂ごと
抱え込んでいそうだ。
建物の奥に足を踏み入れると、
年代物のエレベーターの前に
同じく面接に来たらしい男女が
たたずんでいた。
エレベーターへ足早に近付いて
彼等へタマキは「こんちは」と
人懐っこく声をかけた。
目が合った男に僕も
おどおどと会釈をする。
クチャクチャとガムを噛むその男の
左右の耳は、ピアスが縁取るように
ズラリと並んでいる。
男は蔑んだ目で僕等を一瞥すると、
ちょうどやって来たエレベーターに
肩で風を切り悠然と
乗り込んで行く。
長めの髪は
グレーっぽい色に染まって、
メタル系バンドの
バックプリントTシャツから
伸びる腕には梵字のような
タトゥーが青黒く刻まれていた。
細身のデニムが男の華奢な体型を
浮き彫りにしている。
確かに華奢ではあるけれど、
小柄という程ではない。
今回ばかりは、
小柄って部分に僕は胸を張る。
同時に乗り込んで来た女性達は
よく見ると同じ顔をしていた。
女子大生風の双子だ。
見ようによっては
小学生にも見える
ショートボブの二人組は、
童顔でありながら同時に
おばさんにも見える
何とも言い難い風貌だった。
──でも、たまにいるよなぁ。
おばさんっぽい顔の小学生。
いや、違うな。
この手の顔は多分、
全年齢層に存在するんだろう。
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