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三尺という男
達筆に墨で『面接控え室』と
書き殴られた紙が貼られる
扉の前へ来て僕等は立ち止まった。
ドアの前には名前と連絡先を
記入する用紙が置かれている。
ファミレスの順番待ち方式だ。
エレベーターで乗り合わせた人達の
後に続き、僕達も名前を書き込む。
名前を記入しながら
チラッと見たら、
外国人みたいな名前も
書き込まれていた。
山吹サトミ、ヨシミ……
というのはさっきの双子だろう。
ドアを開くと、
一斉に怪しげな人達が
コッチを向く。
きっとこの人達は
僕等がここへ辿り着くだいぶ前から
面接の順番を待っているんだろう。
肩を落としたホームレス風の男が、
部屋に並べられた
パイプ椅子の一つにもたれかかり
虚ろな目で座っている。
壁際には酒臭い赤ら顔の男が
しゃがみこんで
イビキをかいていた。
そんな中で一際目を引いたのは
僕達に背を向けて窓際に立つ
ゴスロリファッションの女。
黒いドレスの裾から
白いレースのフリフリが
覗いている。
女は胸にビスクドールを抱いて
窓の外を見下ろしていた。
艶やかな長い黒髪……
後姿は小柄な少女に見える。
この人もどこかの店の宣伝で
ティッシュでも配っていたのかも
しれない。
でも、後ろ姿は
本物の少女みたいだった。
僕がそんなことを思っていると
そのゴスロリはゆっくりと
振り返った。
── え?
シワに白い塗料が
塗り込められている……。
板へ雑に白いペンキを
塗りたくったように貼り付く
厚化粧。
それは、かつて横浜の港を舞台に
語られた伝説のあの人を思わせた。
老女だった。
老女はどう見ても不自然な
つけまつ毛をパタパタさせながら
言った。
「私はイボンヌ。
お人形とお話できるのよ?
よろしくね。
貴方はどんな特技があるの?」
── ぼ、僕に話しかけているのか?
これはもしかしてもう、
抜き打ちでいきなり面接が
始まっているのかもしれない。
てか、特技とか必要だったの?
心の準備ができていなかった僕は
辺りを見回した後、
取りあえず会釈をした。
シドロモドロになりながら
どうにか名前だけ伝える。
年齢不問と言うだけあって
周りは小学生に見える人や
老人に見える人、一見女に見える
性別不明な男もいる。
一言で言うならば、
アクの強そうな人間をかき集めた
カオス。
100万円という光に群がる
訳ありでグロテスクな昆虫の群れ。
ややあって、
室内の奥にあるドアが開く。
そこに黒いスーツに身を包んだ
ガッシリとした体躯の男が現れた。
服の上からも鍛えあげられた肉体が
判る。
どこか裏の世界を生きてきた
人間独特のニオイがする。
正直、裏の世界とか
良く知らないけど。
「ここに来ているのは老若男女、
性別を問わず一夏で100万円
稼ごうと集まった者、
自らの特技を生かしてさらに
磨きをかけたい者、
人生の袋小路で途方に暮れ
立ち止まっている者達だ。
もし間違って紛れ込んだ者が
いたなら、悪い事は言わん、
今すぐ帰れ」
背の高い黒服の男は
値踏みでもするかのように
威圧的な視線で集まった者達を
見下ろした。
手首には梵字が刻まれた
パワーストーンのような
ブレスレット。
それはブレスレットというより
大粒な数珠に見える。
まるで時代がかった漫画に出てくる
豪腕な破戒僧だ。
パイプ椅子に座った数人が
一瞬ざわめくも、
この時はまだ席を立つ者は
誰もいなかった。
「俺は採用担当の山尺。
旅籠のマネージャーだ。
今から言う事をよく聞いて欲しい。
今回募集するのは旅籠の下働きだ。
接客、清掃、送迎なんでもこなせる
比較的小柄な者を募っている。
ピアスをはじめとした
アクセサリー類、染髪等は
現地で一切禁止」
山尺はエレベーターで一緒だった
ハードロックな鶏ゴボウを一瞥して、
ハサミを懐から取り出して見せた。
長い髪は切れという事だろうか。
ダンッとハサミを
テーブルに置くと、続ける。
「外部と連絡可能な
電子機器の持ち込みは基本禁止。
今回の募集は、
夏の間姿を消したとしても
身内から捜索願いが出されるような
事がない者に限定される。
以上、無理な者はこの場から
即刻立ち去られよ。
参加を辞退する奴は入口で書いた
名前を消すのを忘れるなよ」
半分位の人間が席を立って
ザワザワと部屋を出て行った。
常識的な判断だと思う。
僕だって本当は帰りたい。
でも、席を立つ事はできない。
僕は隣に座るタマキの様子を
そっとうかがった。
── え。目を爛々と輝かせてる。
タマキ……もしかしてこの状況で
ヤル気スイッチONなのか?
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