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こんな夢を見た。
私は机で宿題をしていた。どうもこの問題が分からない。シャーペンの尻で額を叩きながら唸り声をあげる。
ヒュッ。
シャーペンは宙を舞い、床に落ちてしまった。勢いをつけすぎたのだ。
小さく息をつき、私は右手だけを床に向けて下ろした。目は問題に釘付けだ。この問題は難しい。ペンを落とした程度で集中を切らすわけにはいかなかった。
グラッ。
突然、私の体は右に傾いた。どこかに引っ掛かったのだろうか。右肩が急に重くなったのだ。不思議に思って視線を下げると、私は絶句した。
そこには大きな手があった。細めの私の腕の先に、場違いな太く大きな手がついている。腫れているという感じではなかった。熱っぽくもないし、肌が突っ張る感じもしない。ただ、空をつかむ感覚も違和感があり、なにより指が動かしづらかった。何重にも手袋をはめた感覚に近いのだろうか。力も加減しにくくなっている。
今思えば、叫び声をあげたり、呆然とするのが正しい反応だったのかもしれない。しかし、その時の私はシャーペンを取ることしか考えられなかった。ただ、平静を装った行動とは裏腹に、動揺は明らかに体に現れていた。顔からは血の気が引き、体表面にはしっとりとした汗の膜が張っていた。気味の悪さが血管を通って、ゆっくりと、しかし確実に全身に行き渡っていく。その間にも、手はみるみる大きくなっていった。床に触れた指先は、すでに腕くらいの太さだった。
人差し指と親指でシャーペンを挟んだが、巨大な爪が邪魔をして上手くつまめない。さらに手を下げて指の腹を床につけるようにすると、やっと取り上げることができた。
シャーペンとは、こんなにも細くか弱い物だっただろうか。まるで芯だけをつまんでいる気分だ。小さくて本当に持っているのか分からなくなる。その上、手の肥大は止まらない。持ち続けるだけでも、力加減を変え続けなければならないのだ。全神経を指先に集中してゆっくりと持ち上げる。
クルッ
力が少し弱かったのだろうか。つまんだ所を中心にペンが少し回転した。
ピシッ
落ちる。そう思った瞬間にシャーペンは音を立てて折れた。砕けた破片が落ちていく様は、いやにゆっくりとして見える。私はその破片一つ一つの動きを目で追っていた。
私の正気は、このペンによって守られていたのかもしれない。得も言われぬ喪失感に、堰を切ったように全身から汗が吹き出した。空気が突然薄くなったようだ。口の中は乾き、呼吸がしづらい。ねばついた冷たさが顔全体に広がるとともに視界はぼやけていった。
私は机で目を覚ました。どうやら右手を枕にして居眠りをしてしまっていたらしい。慌てて床を見ると、シャーペンが無傷で落ちている。私は心の底から吐き出すようにため息をついた。拾おうとしたが、右手は動かなかった。ひときわ小さく見えるその手は、すっかりしびれてしまっていた。
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