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固い木の皿が割れる音で、僕は我に返った。
現在は、仕事を終えて、『苔庭のイタチ亭』に夕食へと訪れた所である。
「だってそうだろ? たかだかゴブリン五・六体相手に手こずって! 本当に俺らと同じCランクかよ!」
響いてきた声を聞いて、僕はグラスに視線を落とした。中には、山林檎のサイダーが入っている。ノンアルコールカクテルだ。僕は、お酒は、特別な日にしか飲まない。
店主さんがCランクの冒険者達の席へ行くのが見える。僕は頬杖をついてそれを眺めていた。
――ひと睨み。髭が印象的だ。
冒険者には荒くれ者も多いが、この店が比較的静かに食事を楽しむ事が出来るのは、諍いを収められる店主さんがいるからだろう。イタチの獣人のテオさんだ。この店は、僕の職場にとっても有難いお店である。理由はテオさんが、それとなく冒険者達を導いてくれるからだ。
さて、僕の職場は――冒険者ギルドである。僕は、冒険者ギルドの受付をしている。元々は僕も冒険者だった。だからこの『苔庭のイタチ亭』の店員の一人の事も、一方的に知っている。細剣使いのウィル・アシュレイだ。彼がこの店で働いていると聞いて、僕は実は見に来た。僕も元冒険者だった為、気になったのだ。僕は弓使いだった。僕は人間であるから、兎獣人である彼の事が尚更気になった。獣人の冒険者には実力者も多い。
それが初回であり、その後僕は、気づけば、テオさんの料理の味にも惚れ込んでしまい、この店の常連になってしまった。
なお、一方的ではない顔見知りも働いている。
僕の暮らすギルドの宿舎は、二階建てなのだが、二階をギルドが借り上げている。だが、一階は普通の住人が暮らしている。その一階で暮らしているのが、スカイ・オリーヴだ。
スカイと僕は、宿舎の階段下にある灰皿の前で何度か顔を合わせる内に、話をするようになった。 ギルドの受付は、何かとストレスが溜まる。例えば、『この人のランクでは、この依頼は絶対に達成困難だ』と思うような部類のものを、『俺なら出来る』として、引き受けようとする冒険者が後を絶たない。それを諭すのも僕の仕事なのだが、上手くいかない事が多い。二十三歳の僕の話を、特に年嵩の冒険者は馬鹿にして聞いてくれない。だから僕は煙草に逃げがちだ。
年齢も同じという事も手伝い、煙草を銜えながら、僕はスカイに愚痴る事がある。猫獣人のスカイは、黒い猫耳でしっかりと話を聞いてくれる。一見すれば、不良(ヤンキー)であるが、決して悪い奴では無い。
彼の口からは、専ら店の話が出てくる。最初の頃は、テオさんとウィルの話が多かったが、その後、店では、ノエリオ君が働き始めた為、最近はノエリオ君の話題も多い。ノエリオ・ピノ君は垂れ耳の兎獣人だ。
「ほら、俺の勝ちだ。150リン払えよ、チビピノ!」
「チビって言うな! 俺は身長170cmあるんだからな! チビじゃないんだぞ!」
「耳まで入れれば、だろ? ほら、耳を立てて計ってやろうか」
「あ、あうぅ……強く触るなだぞぉ…………うぅ、覚えてろよー!」
スカイとノエリオ君は、賭けをしていたのか、そんな声が店の奥から小さく響いてきた。この店は、平和だ。僕はメニューへと視線を向けた。お任せでも頼めるが、僕は比較的決まった品を注文する事が多かったりする。
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