家族

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 少年がボールを蹴っている。なかなかの広さのグランドだ。少年はボールを宙に飛ばしてしまう。宙に飛んだボールは高く高く上がり引力によって落ちる。蟻の群れのようだ。観覧席の俺は息子を探しながら思う。ボールという蜜に群れる蟻、敵対している同士の蟻。息子はどこだ?ごちゃごちゃと少年が密集して動いていてわからない。 「あなた、わからないのね?」 妻の渡邉優子が言った。美魔女コンテストで優勝した自慢の美しい妻だ。 「わからない」 俺は正直に言った。 「私もわからないわ」 渡邉優子は笑った。 なんだよそれ。俺は美魔女コンテスト優勝が顔だけなら納得したが他の中身も含めてだから納得出来ない。小さな事にはこだわらない。まぁ、いいんだけどね。俺なんかサッカーのルールすら知らない。優子も同じだろう。息子が見に来てと言ってきた時「サッカーのルールわからないけどいいよ」と言った優子だ。俺も同じだが渡邉家は何事もさらっとしてる。美魔女コンテスト優勝によって渡邉家の収入が逆転した。優子の方が収入が上がったのだ、美魔女として講師をしたり芸能人じゃあるまいしサイン会等もしている。はてはテレビまで出る始末だ。俺とは住む世界が遠くなった気がする。だが息子が妻を地上に落としてくれる。この時ばかりはいい夫婦になれる。貴重な時間だ。  問題もある。妻が男性から交際を申し込まれたり食事に誘われたりするようになった。俺としては嫉妬する俺以外の男性と···嫌だ。しかも20代男性が圧倒的に多い。美魔女というが実は50に手が届く妻が、だ。気持ちは解る。妻は美しい。贔屓目に見なくても美しい。息子の司は小学4年生で10歳で妻に似たのかいい男に育ってる。イケメンというのか、女子から告白されることも多いと聴く。俺はというとどこにでもいるようなおじさんだ。若い頃からモテた事はない。そんな俺が美しい女性と結婚して司まで授かり幸せな筈だが、優子がコンテストに優勝した後からモヤモヤとした日常がやってきた。渡邉家の家族3人、多分、もやもやしてるかもしれない。理由のわからない謎の菌だ。  渡邉達也。それが俺の名前だ。45歳。妻は49歳なので年上女房だ。世にも美しい女性と結婚した羨ましい男。と、会社では言われている。会社はクリーニングの有名な工場員。夏は暑く辛い、冬は寒く辛い。仕事とは辛いものだと割り切って働くしかない。 「渡邉、ちょっといいか?」 同僚の草壁が俺を食堂に連れていく。 「どうしたんだよ」 俺は休憩する気満々で煙草を咥えて火をつける。この会社は疲れたり体調が悪くなったりしたら自由に休んでもいい。かなり融通のきく会社なのだ。 「あのな、何の問題もないかもしれないんだけどな」 草壁は伝票を出す。一着一着に付ける伝票だ。伝票には会員の名前と服の種類等々書いてある。笹木という会員の名前。服はワイシャツ二枚と女性物のジャケット。ん?俺は見覚えがあるがまさかと思う。ネーム入りのを優子にプレゼントしたのだ。全く同じだがよくあることだ。 「渡邉優子ってネーム入りだ、同姓同名か?」 草壁は俺の顔を見て言った。心が読めるのかこいつは。ん?ん?渡邉優子ってネーム入り。 「ホントかよ?」 言葉が上手く出ない。 「あの後、夜遅い日もあるだろ?夜の営みはなくなってないか?」 草壁はいい奴だ。心底心配してくれる。今回だけじゃなく、だ。 「草壁、ジャケット写真撮れるか?ネームも、全体がわかるように」 俺は言った。  サッカーが終わり、それぞれの父兄が連れて帰っていく。司が優子と俺の所に来て一緒に帰る。ゆっくりと土手沿いを歩く。 「パパもママもサッカーわからないでしょ?でも来てくれてありがとう」 司が言った。 「勉強するよ、司はプロになりたいのか?」 俺は司の頭を撫でながら言った。 「プロじゃなくていい、面白いからサッカーしてるの」 「プロになって活躍してる司を見たいわ」 優子は言った。 渡邉優子。ネーム入り。草壁からの報告はない。不倫?浮気?笹木という男に抱かれてるのか?違う。違う。 「あなた?どうしたのぼっとして」 「いや、何でもない。今日は司の食べたいものを食べに行くか?」 俺は言った。司は喜ぶ。優子は優しい目で見ている。結局は司の食べたいものはファミレスになったのだが。俺と司が座り、向かいに優子が座る。さっそく司は頼む。俺と優子はオリジナルハンバーガーセットを頼んだ。  煙草を咥えて火をつける。旨い。優子は煙草も気にしない。むしろ一本頂戴と言ってくる。俺は優子に一本煙草を渡す。優子は煙草を咥えて火をつける。その仕草も色っぽい。 咥えた場所は口紅がついている。  料理が揃い、しばしの沈黙。三人とも食べる。ハンバーガーに食らいつく俺と上品に食べる優子。優子に限ってそんなことない。不倫なんて。司もいるのに。俺の妄想だ。と思おうとするがまさかという気持ちがある。 「優子、クリーニング使ったりしないの?」 つい言葉になってしまった。 「達也の会社の?使わないよ」 だよな。俺はほっとするが直ぐに笹木が出したという事を思い出す。 笹木の正体がわからないとわからない。 草壁の報告待ちか。 「こういうのっていいね」 司が言った。ニコニコしながら俺と優子を見る。 「そうね」 優子は微笑む。 「三人一緒、家族一緒」 司はニコニコする。 「だよなぁ、母さん忙しいもんな、でも母さんが頑張ってくれるから生活出来るんだからな」 「わかってるよ、父さんと母さんが頑張ってくれるから」 とにかく今は家族と一緒なんだ。三人の幸せを考えよう。優子だって同じ思いさ。
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