雪解けの落とし物

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 翌日マフラーを見てみると、たらいの中はどす黒い水へと変わっていた。  たらいからマフラーを取り出す。全体的な汚れはましになっていたが、汚い部分が残り、とろどころ(まだら)になって、かえって汚れが目立っていた。 「どう? 一度じゃ落ちないだろう?」 「うん。もう一晩浸け置いてみる」  結局三日かかって、完ぺきとまでは言えないまでも、臭いも汚れも目立たない程度まで落ちた。  だが、マフラーに別の問題が発生してしまった。  泥を落とそうとして、同時にマフラー本来の青色も落ちてしまったのだ。鮮やかだったはずマフラーは、褪せた古ぼけたマフラーへと変貌してしまったのだった。 「お母さんの言った通り、洗いって難しい」 「だろう。これが、お客さんの持ち物なら代金の何十倍ものお金を支払って弁償なんだからね」 「ねぇ、それなら、染めたらどうかな?」 「編んだマフラーを染めるのはなかなか難しいよ。染めるならほどいてからじゃなきゃうまく染められないし、おまけに化繊は染まりにくいね」 「なるほど、簡単にいかないわけだ」 「アヤ、母さんはこれ以上は付き合えないからね。後は自分で何とかしなさい。──ほら、あんたの学校の、編みものクラブにいる友達──」 「美咲?」 「そう。一度、美咲ちゃんに相談してみたら?」    翌日の放課後──  私は里山高校にある編みものクラブを訪れた。 「アヤ、アクリル毛糸って、ほら、よくタワシ使われるくらいだから、ごわごわなんだよね」 「これでも、だいぶマシになったなんだよ。美咲、何んとかしたい。アイディア貸してもらえる?」  美咲はマフラーに触れた。 「まぁ確かにマシだわね。でも、よくも拾ったマフラーに、これだけの情熱を注げたものだ」 「自分でもよくわからない。でもなんだかほっとけなくて」 「なるほど、ほっとけないか……クリーニング屋の血が騒いだわけだな」美咲は意味ありげに笑う。 「何か、気づいた?」  私は恐る恐る尋ねた。 「まぁね。このマフラーさぁ、フリンジもないし、短めだから、もしかしたら男物かもって。編み手の念がこもっていたらどうするよ?」  ええっ!? 「み、美咲。怖いこと言わないでよ」 「ははっ冗談冗談。仕方ない、ここは一つ乗りかかった船だ。君に良い方法を伝授しようではないか」 「ありがとう美咲‼」  美咲は部室に置いてある衣裳ケースの中から新古品の毛糸を持ってきた。なんでも、歴代の先輩方が使わずに残したのだとか。   袋の中からコバルトブルーの鮮やかな糸を出した。 「これはナイロンだから風合いも悪くないし、手入れも簡単。素人が簡単に作れるゴム編みでいこうか?」 「編み直すっていうこと?」 「そう、新しい糸とミックスしたら、褪せた色は味になる。長めのフリンジつけて、可愛く編み直したらいいんじゃない?」  美咲はマフラーの糸をほどくと輪にして束ねた。  私は家に持ち帰ると、もう一度だけ洗うことにした。  せっかく糸に戻したのだから、繊維の奥深くまで入り込んだ汚れを落としたかったからだ。    浸け置きせず降り洗い。水けを取り、最後に柔軟剤を溶かした液にくぐらせ、軽く脱水。残った寄りを戻すためスチーマーの蒸気をさっと当てた。  ラーメン状にうねる糸は伸び、ふわりとした風合いが蘇った。    翌週──  美咲の力を借りて編み棒で幅広二十五センチほどの作り目を作る。  私は編み方を教わりながら、一週間かかって、ようやくマフラーを編み上げた。 「少々目はいびつだけど初めてにしては上出来じゃん」  終業式の帰り道、ようやく完成したマフラーを見て美咲が言った。 「美咲先生には大変お世話になりました。お母さんが制服洗ってあげるから持ってきなって」 「まじ? まじ ラッキー」  美咲が不意に自動販売機を見て言った。 「アイス食べようか」 「のった!」  残雪で濡れた道を、二人できゃっきゃと言いながら駆けていく。  自販機に小銭を入れ、ボタンを押した。    
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