地獄の底から這い上がる

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 カネがねえんだよな……。彼女はいるけど。  まあそれでも、幸せな方だと思うよ。俺の彼女、俺には勿体ないぐらいだからさ。  スマホのラインでやり取りしてその様子を他人に見せるのは、もうやめた。嫌われるからな。人間って、誰でもそうなんだ。嫉妬深いんだ。  俺の名前は三島厳太。あえて分類するなら陰キャのいわゆるコミュ障に属する。と言っても物言いはハキハキしている。人間に対して興味が持てないタイプのコミュ障だ。  それなのにどうしていつも調子に乗っていられるかというと、漫画みたいな彼女がいるからだ。漫画の世界から出てきたような、な。  彼女……いつでも賑やかで、空気を読まない。しかも子供みたいに陽気で、よく喋る。早口で声は低くて、頭がいいから話が面白い。名前は春田霞という。  皆からは春ちゃんと呼ばれている。ウクライナ人と日本人のハーフで、ものすごい美人だ。  だいたいそういう場合ビッチなのは俺も知っているが、彼女に限ってそういうことはない。むげつけない不人情を装い、全くの無関心を装っている。  どうやら彼女の頭の中には、ごく少数の知り合い以外はなきに等しいらしい。  だいたいそういう場合苛められることが多い。それもこっ酷く。  だが、彼女は例外だ。美人すぎて男の先生は口が利けない。  そりゃちょっと大げさですね? 違う違う。本当なんだってば。  根っからのフランス人だと言われても信じてしまう。日本人の俤も雰囲気もない。全くない。  そして俺にとって都合がいいことに、日本語がペラペラだ。古典文学に通じていて、教養もある。  ウクライナの古典文学かって? 違うよ。日本のだよ。俺に分かるわけないだろウクライナの文学が。そもそも春ちゃんもウクライナ語がわからないからお話にならない。記憶もないらしいし。彼女の住んでいた場所は、一応チェルノブイリの避難区域からは外れているらしいが。  日本に来た理由も放射能を恐れてらしい。ならもうそろそろ移住すべきな気もするが。  治安が悪いからアメリカには行かないらしい。生き地獄だから、と言っている。アメリカ人が聞いたらどう思うんだろう。  家に帰る時は真っ先に教室を出て、トイレに行く。彼女はどこかその辺で出てくるのを待っててくれる。この学校に来る前も春ちゃんと一緒の学校だったが、随分いじめられた。鉛筆を捨てられる。下駄箱の靴を隠される。嫌だったなあ。もちろん先生が怒ったが効果はなし。  中学からまた一緒の学校に行き、難を逃れた。そんな俺だから、今ある現実に感謝することを忘れることはない。  もう一度言う。今ある現実に感謝すること。これができないやつは、あまりにも不幸にすぎると思う。俺は現状に満足している。哀れな奴らは一生、嫉妬と怒りの炎に閉ざされて死んでいくんだろう。俺は宗教家じゃないが、よく分かる。持てる者と持たざる者。世界に広がる格差。  今ある現実を掌中の珠とばかりに大切にすること。これは持てる人間の嗜みと言える。哀れだなあお前らは。はっはっは。  しかもしかも、今度のクリスマス二人っきりでデートすることに決まっている。十四歳未満のそういう行為は法律違反? 知らねえよ。それは持たざる者の嫉妬だろう。だから無視する。  やることをやる。それだけだ。
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