ロストラング

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ロストラング

 呆然とする私に兄はため息をついた。それは深い深いため息で、私が仕事中によくもらっていたため息によく似ていた。 「ちょっと来い」  兄は私をリビングまで案内した。自然に腰掛けるのは幼い頃よく私が居た席だ。最も、家を出てからこの席が他の誰かの席になっているなんて思いもしなかったのだけれど。私が幼い頃好きだったココアを牛乳に混ぜて、兄は慣れた手付きでオーブンの”牛乳”のボタンを二度押した。 「何一つ意味がわかりませんって顔だな」 「うん」  あぁ、また『うん』と言ってしまった。こんなことではまたため息をつかれてしまう。 「......お前、疲れてるんだよな。多分何も会話になってないことにさえ気づけてないんだよな」  思えば、私は昔から喋るのが上手ではなかった。より正確に言えば”自分の意図を伝えるのが下手だった”と言うべきだろう。口は開くが、会話のゴール地点が見えていないために何を喋っているのか自分でもわからなくなってしまっていることが多々あった。  その点では兄を始め家族に迷惑をかけていただろう。社会人になって、その辺りはカバー出来たと一方的に思い込んでいた。だけど、今はぼんやりとして何も考えられない。きっと兄が言う通りなのだろう。  私の返した精一杯の返事は以下の通りだ。 「そうかもしれない」  兄はまた、ため息をついた。
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