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今日も部屋に一人きり。
同棲していた彼女がこの部屋を出て何年目だろう。
僕が今住んでいる部屋は、彼女と同棲する為に借りた部屋だ。
彼女とは数少ない友人との趣味の集まりを通じて知り合った。
知り合った頃の彼女は他県で仕事をしていて、仕事の休日には実家に帰る事も多く、それでも趣味の集まりには毎月に一回参加するかしないか程度だったが、容姿端麗でスタイルも良く、人当たりの良い彼女を僕が好きになるのに時間はかからなかった。
でも、好きにはなっても、伝える勇気なんて僕にはなくて、ただただ会うたびにかわす言葉にドキドキし、時折、遠巻きに彼女を眺めるだけで幸せだった。
その先なんて考える事は無かった。
こんな冴えない僕では、彼女の心を射止めるなんて無理だと考えていたし、付き合うなんて僕には夢物語にしか思えなかったから、僕はそれで満足していた。
いや、万が一、告白などして関係を壊すよりかは現状の幸せに満足すべきだと言い聞かせていたのだと思う。
でも、付き合えた、同棲した。
今でも、付き合えたことは奇跡だと思うし、人生の運を大半伝い果たしたのではないかと思うし過分に実感している。
本当にその後の僕の人生は・・・。
ただ、そんな奇跡を僕が起こせたかと言うと当然そんな訳はなく、友人達の協力があってこそ、いや強力と書いた方が的を得ている気がする。
彼女と僕の恋愛成就に向けた友人達の作戦も諸々話題には尽きないのですが、僕にとっては黒歴史とも言える話もありまして、この場では謹んで割愛させて頂きます。
今でも時折、黒歴史の話は友人と飲みに行ったりすると話題に上るので、恥ずかしいし心苦しいですけれどもね。
でも、友人達がいてこその恋愛成就だったので今でも感謝しているのも事実です。
また、友人達の協力と僕のささやかな勇気で彼女と付き合う事となった訳ですが、付き合って同棲するまでも、色々ありました。
昼に働く僕と、夜に働く彼女の電話は当然、夜になる事が多く、長電話し過ぎて睡眠不足になり、会社で居眠りして首になりそうになったり、付き合い始めてからは彼女が実家に戻る日が多くなり、友人宅で他の友人と一緒に泊まったり、友人とその彼女とダブルデートしたりと、僕にとって一番楽しく、幸せな時期だったのかもしれません。
そんな折、彼女が仕事をやめるけれども実家と僕の地元は距離があるから一緒に住みたいと告げられます。
実は当時、僕には車のローンや趣味が高じての借金があり、ただでさえ返済すら厳しかっので当然、同棲は難しいと答えました。
でも彼女が「私も協力するから、ね」との一言に、夢中になっていた僕は同棲を決断します。
彼女と毎日一緒に過ごせる喜び。
苦楽を共にして問題に立ち向かえる心強さ。
全てを終えら結婚して・・・。
同棲実現の苦労を乗り越える度、僕と彼女のこれからの幸せな妄想は膨らんでいきました。
そして、同棲を初めて暫くしないうちに、僕の地獄は始まりました。
当初、彼女は知人と共同で仕事をしていると夜には仕事に出かけていましたが、一か月程すると、彼女から「働いた分の給料が支払われていない、知人に連絡しても繋がらない騙されたので、今月の支払いは待ってほしい」と告げられます。
まぁ、人生の中そんな事もあるだろうと僕は彼女を慰め、待つ事にしました。
しかし、それからというもの彼女は仕事をすることはありませんでした。
夜中一晩中起きていて、僕の出勤を見送り、帰宅すると眠っているので起こし、食事をします。
そんな日が続けば、借金もありこの生活を維持できる訳がありません。
数か月もしないうちに支払いで首が回らなくなり、僕は友人にお金を借り、友人からお金と共に、利息を含んだ返済計画の記載された借用書を貰う羽目になります。
唯一の救いは、友人も僕の状況を理解しており深くは触れられなかった事が幸いでした。
加えて友人は僕に内緒で彼女には色々小言を言ったようで「私も頑張るから」と言ってくれ僕は安心したのもつかの間、それでも彼女は変わりません。
こんな僕でも借金に追い込まれれば、働かない事を責める事もありましたし、お願いもしました。
このままじゃ破綻するしかない事も。
その前に協力してほしいと。
彼女はその度に黙って涙を流します。
そんな姿を見る度、僕は押し黙るほかありませんでした。
友人からお金を借りた後、二カ月が過ぎ、破綻寸前までに追い込まれた僕はある夜、彼女に一言告げました。
「もう無理だ」
彼女は何も答えず、泣く事もありませんでした。
ただいつもと変わらず、ネットの動画を見ていました無言で。
伝えた後、僕は逃げるように眠り、起きて昨夜の一言が気まずくて無言のまま出勤しました。
それが僕が見た最後の彼女の姿になる事も知らずに。
帰宅すると、いつもなら眠っている彼女の姿はなく、荷物も一部もなくなっていました。
彼女の携帯に電話しても「お客様の都合によりお繋ぎ出来ません」とアナウンスが流れるだけ。
「生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ」
シェークスピアのハムレットの台詞です。
彼女を失い、債務超過に陥るという絶望の果て、僕は生きる選択をしました。
勿論、過分に友人の助けがあったのはいうまでもありません。
特にお金を貸してくれた友人が温かったのを覚えています。
本人は完済時「不良債権になるのは嫌だったのでね」と笑いましたが、今考えると本当は自分達の善意が招いた結末に責任を感じていたんだと感じています。
生きる決断をした後は、仕事に内緒でバイトをしたりして数年かかりましたがなんとか借金返済を完済する事ができました。
こうして同棲の問題がひとしきり終わった後に、僕はようやく気付く事になります。
感じる事になった。
この部屋に一人だと。
無意味に広いこの部屋に。
ただ寝に帰るだけ、借金返済に追われ逃避できてきた現実。
変えようのない事実。
僕は一人だ。
一人ぼっちだ。
待つものもいない、意味を失ったがらんどうの部屋。
まるで僕の心を映し出すかのような、空虚な小宇宙。
知りたくもない現実を変わらぬ事実という刃が僕を貫く。
存在自体理由すらあやふやになる危うさ。
だから縋ったのか?
幻想(ゆめ)に溺れたのか?
だから僕は待っている君を。
それが叶わぬ夢だと知りながら。
このパンドラの棺の中で。
いつか君が、この棺を開けて棺の絶望を解き放ち、残された僕を抱きしめてくれる日を。
希など一かけらもありもしないないと知りつつ、心は望み続ける。
たぶん、この幻想は僕が君に心から「さよなら」を告げられれば終わるのだろう。
でも僕はまだ言えないでいる。
それまではこの棺で待ち続けよう。
だから僕は一人きり。
この広い部屋に一人きり。
彼女に心から「さよなら」を言える日が来るか、待ちぼうけて朽ちる日まで。
僕はこの悲劇の物語の主人公を演じ続けるのだ。
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