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二つに重なる人影が、揺らめいて別れた。
滑らかな曲線を描く細身の影は、テーブルに突っ伏したままの微動だにしない背に、覆い被さっていたようだ。
消灯した図書室、天窓から差し込む月明かりの下に、真っ直ぐな黒い髪が浮かび上がる。
糸のような黒髪が頬にかかるその顔には見覚えがない。
粒らな瞳に下がり気味の目尻、そして泣きぼくろが目を惹いた。
あんな女、大学にいたか?
机に突っ伏しているのは男のようだ。
男と女、消灯した図書室。
見たくもない他人のラブシーンに遭遇してしまったのか。
気付かれる前に立ち去ろうとした時だ。
視界の端にやけに緋い何かが飛び込んできた。
月明かりに照らされたその横顔に一瞬にして魅入られる。
唇を染める緋さが、肌の白さを際立たせ、僅かに紅潮した頬は欲情をそそる。
その吐息が聞こえてきそうな薄っすらと開いた唇から舌先が覗いた。
昂りに溺れるかのように、女は首を仰け反らせ首筋に己れの指をゆっくり這わせる。
艶めかしく唇をなぞる舌先に、ぞくりと甘い衝動が背筋を下りた。
どれだけ魅入っていたのか、背後で足音を聞いて振り返るまで目を逸らせずにいた。
「陽里、来てたんだ」
待ち合わせをしていた舞衣が声を発し、慌てて前を向く。
覗き見ていた事を気付かれたかも知れないと、内心かなり焦っていた。
────── いない…………
先程まで月明かりに照らし出されていた姿がなくなっている。
机に突っ伏したままの背が残されているだけだ。
「あれ?先客がいたの?」
横を通り過ぎ歩を進める舞衣の手を掴み、引き止める。
「そうみたいだから、他に行こう」
なぜか、そこに居てはいけない気がした。
机に突っ伏しているのが誰なのか。
眠っているのか、そうではないのか。
あの女は何をしていたのか。
あれは、あの緋さは何だったのか…………
確かめたい事がバラバラと頭の中を過り入り乱れていくのに、知ろうとはしない。
それがどんな感情なのか分からないまま、その場を遠ざかる。
いずれ、その事を悔やむ日が来るとも知らず。
得も言われぬ快感を知る事になろうとも知らずに ────── 。
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