第3章 ambivalence

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食べる事は嫌いではないのかも知れない。 口に含み噛み締める、それが酷く人間らしく感じるからだろうか。 史花はピザを片手にそんな事を思う。 目の前のテーブルにはピザやパスタが並び、肩が触れる距離で陽里が隣に座っている。 とりあえずの食事、ラブホテルのルームサービスは味が知れているのだと言う陽里を無視して史花が適当に選んだものだ。 「姫さん、仕事は?」 「今日は休みよ」 正しく言うと急遽休んだ訳で、当分出勤できない可能性や辞職も考えているとは言いたくはなかった。 「貴方も今日の講義は諦めて」 嶺山(ひじり)はなぜ何もせずに立ち去ったのか。 考えれば考えるほどに不気味で、嫌な胸騒ぎばかりが膨らむ。 すんなり日常に戻って良いとは思えない。 「姫さんが一緒なら文句ないよ」 「残念ながら、一緒にいることになるわね」 ホテルを出るタイミングも、皇 陽里の側を離れるタイミングも慎重にしないといけない。 「残念?」 「そう、残念ながら」 「俺が一緒にいれば飢えないよ」 「失血死したいの?」 史花の横顔を覗き込む様に身体を寄せる陽里の額を史花は指先で弾く。 青白い顔で何を言っているのか、呆れるしかない。 そんな史花を後目に額に手を当て陽里が笑う。 「つまみ食いみたいにちょっとずつ」 「貴方、相当死にたいみたいね」 「半分は下心、かな」 下心と言う発言が今となっては陽里には不釣り合いで、史花は逡巡する。 少し前まで下心の塊の様に考えていた人物が、下心や打算から遠去かって見える事は不思議だ。 「そんなものがあればもう抱いているでしょう?」 思わず笑い流すと、突然腰に手を回され力強く引き寄せられた。史花の手から食べかけのピザが床へと落ちる。 鼻先が掠る距離で陽里の瞳がのぼせる様な熱を孕み、揺れている。 あの時、肌に触れた唇に少し顎を上げただけで届く。 どくんと、鼓動が跳ね速度を速めた。
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