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『…………そうせずにはいられなかった』
まるで母を思い浮かべる呪文の様に、父は何度も何度も言っていた。
衰弱し横たわりながらもうわ言で繰り返していたその声が、聞こえてきそうだ。
史花は浴槽に座り込み、蛇口から注ぎ込まれる湯を眺めながら深く深く息を吐いた。
胸が苦しくなったり、息が詰まったり、目まぐるしく忙しない疲労感。
座り込みたくなった。
まるで浴槽に隠れている様だ。
そもそも、あの場から逃げたいだけでシャワーを浴びる気などなかった訳で。
何してるんだろ…………………
図書室で皇 陽里に目撃された、あの夜に何かが変わる予感はあった。
だから遠去けるつもりでいたはずだった。
何がどこで狂ったのだろう。
どの瞬間に、選択を間違えていたのだろう。
今更、離れられないと言うのに。
嶺山 聖がどう出てくるか分からない以上、皇 陽里を一人にはできない現状だ。
この先どうするか、考えなければいけないと言うのに、距離の計り方すら覚束無い自分が歯痒い。
湯船の中に沈み込んでしまおうかと、目を閉じてすぐに扉が開く音を聞いて、史花は脱衣所を見遣った。
浴室と脱衣所を仕切るのは磨りガラスだ。
ラブホテルならではの趣向としか言えないその悪趣味な磨りガラスに、長身の背がもたれかかる。
そう言えば、鍵をかけた覚えがない。いや、鍵がついていたかどうかすら知らない。
「あのさ…………」
陽里の声を聞いて、史花は身構える。
浴室に入ってくる様子はないが、この事態は何を示すのだろうか。
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