第1章 皇子と姫

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「うっそ、あの(・・)皇子(おうじ)が?」 「ちょっと声おっきいよ」 一面ガラス張りの明るい学食、テーブルを囲む4人の女子が声を顰める。 少し離れたテーブルにその皇子(おうじ)がいる事に気がついたのか、顔を寄せ合うと密談を始めた。 「お前の話されてんぞ」 陽里(ひさと)の前に座る工藤 (タケル)が爪先で脛を蹴り付けてきた。 「オレ、皇子(おうじ)なんて名前じゃないけどな」 (すめらぎ)なんて苗字のせいで、皇子(おうじ)と言うふざけたあだ名がついた事は知っている。 いつからそう呼ばれ始めたのか、気付くとそのあだ名だけが一人歩きをしていた。 今では(すめらぎ)と呼ばれる事は数少ない。 「お前にはピッタリのあだ名じゃねーか。女好きするそのルックスと、自由気ままな下半身」 「国の皇子が自由気ままな下半身の持ち主なら、跡継ぎ問題で荒れるぞ」 「そこは鉄壁の避妊だろー」 ケラケラと笑ってから(タケル)はパックの牛乳を飲み干した。 (タケル)とは小学校からの腐れ縁で、時折スーツ姿で学食に潜り込んでくる。 高校を卒業し就職、営業の仕事が性に合うらしく営業成績はトップなのだと聞いた。 「んで、どーしたんだよ、お前。最近合コン行かねーよな」 好奇心に一回り目を大きく見開いた(タケル)がテーブルに肘をついて身を乗り出してきた。 「まー、気分とか」 「気分転換に女とヤるような奴が、合コンパスする気分ってどんなだよっ」 確かに、合コンは暇潰しには最適だった。 黙って酒を飲んでいれば後腐れのない相手が近寄ってくる、運が良ければ泊まるあてもできる。 それなのに、それが面倒に思える程、頭を占めるものがある。 自分は一体何を見たのか………… あの(あか)さが強烈過ぎた。 あの日、図書室で見かけたあの光景を忘れられない。 粒らな瞳が狩猟者のように鋭い光を潜ませ、緋く染まる唇を舌先が艶めかしくなぞる。 仰反る首筋は白く細い、嚥下されコクリと動く喉元に滑る指先が妖しく見えた。 その唇の緋さと肌の白さが、記憶に焼け付いて未だに消えない。 黙り込む陽里(ひさと)(タケル)が「ははーん」と声を上げる。 「さては、お前!ついに出来たかっ」 「何が?」 「こ、い、の、お、あ、い、て」 いやらしく口元を緩める(タケル)の顔が異様に憎らしく見えて来る。 「マジ恋か?相手ダレ?」 嬉々とした表情の(タケル)に、陽里(ひさと)はこれでもかと言う程に冷たい目を向けると一つ深い息を吐いた。  馬鹿げてる。 恋だなんだと騒ぐ連中の気が知れない。 そんなものに身を捧げて何になると言うのか。 「そんなくだらねーこと言う暇あったら、稼いでこいよ」 (タケル)に素っ気なく言い放ち陽里(ひさと)は席を立っていた。  恋なんて、有り得ない。
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