第3章 ambivalence

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「オレって、人間不信っぽい」 何を言われるのかと構えていたら、人生相談的な出だしに史花は何も返せなかった。 紛いなりにもキスをしたあとに、素っ裸の相手をガラス一枚隔てする話題だろうか。 「だから気楽な付き合いがいいし、深入りしたくない。適当に愛想笑いで交わすのが当たり前になってた」 「………………だから、なに?」 関わりを持つ前の皇 陽里には、そんな印象しかなかった。 皇子(おうじ)の噂全部を鵜呑みにしたら、とんでもなく軽薄で自分勝手な女の敵が仕上がる。 家には帰らずに、関係を持った女の家やホテルで寝泊まりを繰り返す、そんな噂まで流れてくるぐらいだ。それが嘘であれ真実であれ、どうでも良い存在ではあったのだが、関わってみると噂でしかないのかも知れないと感じたりもする。 『 ──── 姫さんを初めて見たあの日から誰とも寝てない』 少なくても、あの時の言葉は嘘ではないと良く分かっている。 「今更じゃないの、皇子(おうじ)様」 「違うんだな、これが」 陽里は小さく笑った様だった。 「だから何よ」 磨りガラスの向こうで僅かに肩を震わせ笑う陽里が、不思議と近くに感じる。 「明からさまな好意で近づいてくる奴はさ、大概オレが一線引くと動揺すんの。思ってたのと違う、裏切られた、って泣いたり怒ったり」 「そんなの相手は貴方の外見に自分の理想を重ねて、勝手に傷ついたってだけじゃない。無駄に顔がいい癖にうわべだけの愛想笑いなんかするからよ」 「そー、そー、無駄に顔が良すぎてさ」 「だいたい、人の入浴邪魔してする話ではないでしょう?」 「…………けどちょっと、あの(・・)後で顔見て言えないなって」  あの(・・)、後?    さっきのキスのこと? 落ち着いたはずの動悸が忍び寄るみたいに戻ってくる。湯にのぼせたのだと自分を納得させたくなる。 「姫さんは特別。最初から嫌われてるの分かってるし、人間不信同士みたいな。愛想笑い不要で、やりたい事やりたいようにできる」 磨りガラスに映る背中が小さく見える。 皇 陽里らしくない、とは感じない口調だけれど言葉は一つ一つ選ばれた本心の様であどけなく聞こえた。 最初から嫌っていたのは当たってる。 人間不信も間違いない。 やりたい様にされている気もする。  私の前では愛想笑いじゃないってこと? 皇 陽里は、いつも優しく微笑みかけてくる。 人を(たぶら)かすには充分な魅力を持つ甘い笑顔だ。 「そんな特別な相手からキスされて、忘れるとか無理だから、そのつもりでいて」  そのつもりって、どう言うつもり?! 磨りガラスから離れて行く陽里の背を見送り、史花は激しく鼓動を刻む胸に手を置いた。
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