第4章 口付けの余波

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キスをされた。 史花の伏せた瞳は長い睫毛に縁取られ、瞬きもせずに唇を見詰めてきた。 史花の中にはいつも猜疑心がある。 慎重で、常に本心を隠し距離を取ろうとする。 手を重ねても、腕の中に抱いていても、彼女の奥底にある不安や恐怖には届かない。 彼女はこちら側の真意をいつも無意識に探ってくる。 唇を見つめられているのは、真意を読み取ろうとしているのだと、そう思っていた。  ………………どう言う意味のキスなんだ? 軽く触れただけの唇には、戸惑いしかなく僅かに震えていた。  いやいや、そもそもキスじゃなく事故的な? ソファに座ったまま身動きがとれない。 身体を動かすことより、状況把握に頭がフル回転している。それを邪魔する様に鼓動が早く高くリズムを刻み、急かしてくる。 安直な答えに飛びつきたいが、浮き足立ちそうな気持ちを抑え付け思いを巡らす。 大体にして、『忘れて』の捨て台詞。 史花からはもう何度も言われているが、それが本心からくるものだとはいつも感じられなかった。 近づくと、離れて行く。 だけれど姫奈史花は、そうしたくて離れていくのではないのだろう。 離れようとする彼女を見送っていたら、いつまでも何も変わらない。 何より、離れたくないと離したくないと思うなら、掴みに行かなければ。 陽里は一つ深く息を吐いて迷いを吐き出すと、ソファを立った。 姫奈史花は浴室にこもってしまっている。 シャワーだと言いながら、水音は少なく湯船の中にいるらしい。
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