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キスをされた。
史花の伏せた瞳は長い睫毛に縁取られ、瞬きもせずに唇を見詰めてきた。
史花の中にはいつも猜疑心がある。
慎重で、常に本心を隠し距離を取ろうとする。
手を重ねても、腕の中に抱いていても、彼女の奥底にある不安や恐怖には届かない。
彼女はこちら側の真意をいつも無意識に探ってくる。
唇を見つめられているのは、真意を読み取ろうとしているのだと、そう思っていた。
………………どう言う意味のキスなんだ?
軽く触れただけの唇には、戸惑いしかなく僅かに震えていた。
いやいや、そもそもキスじゃなく事故的な?
ソファに座ったまま身動きがとれない。
身体を動かすことより、状況把握に頭がフル回転している。それを邪魔する様に鼓動が早く高くリズムを刻み、急かしてくる。
安直な答えに飛びつきたいが、浮き足立ちそうな気持ちを抑え付け思いを巡らす。
大体にして、『忘れて』の捨て台詞。
史花からはもう何度も言われているが、それが本心からくるものだとはいつも感じられなかった。
近づくと、離れて行く。
だけれど姫奈史花は、そうしたくて離れていくのではないのだろう。
離れようとする彼女を見送っていたら、いつまでも何も変わらない。
何より、離れたくないと離したくないと思うなら、掴みに行かなければ。
陽里は一つ深く息を吐いて迷いを吐き出すと、ソファを立った。
姫奈史花は浴室にこもってしまっている。
シャワーだと言いながら、水音は少なく湯船の中にいるらしい。
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