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唇の柔らかさに、粘膜の熱さに、時折漏れる吐息に、貪る様に夢中になっていた。
史花の背に腕を回し抱き寄せた瞬間、舌先が何かに引っかかり口内に鉄の味が広がる。
夢中になり過ぎて史花の牙に舌がぶつかったようだ。それならそれで別に構わないと口付けを続けようとした陽里の胸に史花が手をついた。
唇が離れ、開いた視界に史花の瞳が飛び込んでくる。
榛色へと変化し、暗闇で目を凝らす猫の様に瞳孔が形を変えていた。
「…………ほら、キスも普通にできない」
乱れる息を整えるように史花は口元を片手で覆い俯くと、榛色の瞳を隠す様に目を閉じてしまった。
「どう言うつもりか分かりたくもないけど、貴方の言う特別に、私はなれない」
芯が通る様な凛とした声なのに、史花の声は震えている。
今までどんな人生を生きて、どんな辛い経験をしてきたのか、今の陽里には想像も及ばない。
きっと常識や日常からして、見ているものが違うのだ。
史花の言葉はいつだって自分に言い聞かせているようで、そうやって殻に閉じこもり身を守る弱さを隠す。
「じゃあなんで?何であの時、オレの手を選んだの?今までがいいならあいつにしておけば良かったんだ。でも、違うんだろ?」
「言ったじゃない貴方がマシってだけで」
「ちょっとマシってだけの男とラブホでイチャつくわけ?」
「っイ、イチャこいてなんかないわよ!」
腕の中から逃れようとする史花を陽里はしっかりと抱え込む。
「オレは、普通じゃなくていい。人じゃないとかどうでもいいんだ、姫奈史花がいい」
知りたくて、近寄りたくて、触れたくて。
「だから、忘れてなんてもう言うな。オレを姫さんの中から締め出すなよ」
いつからこんなに必死だったのか。
どうしてそんなにも気になったのか。
構わずにいられない。知らないふりもできない。考えない日はなかった。
出会ったあの日から世界は変わった。
そんな気がした。
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