第4章 口付けの余波

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「姫さん、とにかく座ろうか」 陽里がぽんぽんと自分の隣を片手で叩いて促してきた。 陽里は何かと近くに座りたがる。 手を伸ばさなくとも触れられる距離に居たがる癖に、肝心なところでセーブをかけてくるのだ。 今まではそれが都合良いと思えていたから気にしていなかったはずが、先程からざらりとした不満が騒ついている。  …………どうせセーブかけるなら、近づかなければいいのに。 その中途半端さに僅かに苛立つ。 繋がりたい、独占したいと言いながらキスすらしてこない。 史花はじっとりと非難めいた目で陽里を見詰めながら、あえて距離を置いて座った。 「何だろ、その距離」 「話をする時の普通(・・)の距離よ」 「なんか、怒ってんの?」 「呆れてるの。一番避けるべきは私の家、次に貴方の家なのよ」 「ラブホも逃げ場がない気がすんだよね。窓のほとんどは見せかけ、あってもはめ殺し、部屋の出入口一箇所、カードキーがあるフロント押さえられたらアウト。廊下に防犯カメラあるから、それ見たらどこの部屋にいるかすぐ分かるし」 意外にも妥当な見解に史花は陽里の顔を凝視してしまった。 楽天的で衝動的な行動と言動が目立つが、それなりの観察眼はあるらしい。 「ラブホなんか援交だの不倫だの目立つ事を避けたがる人が来る場所だろ?一族が目立つ事を避けたがるなら、恰好の場所だよな。けどその点、オレの家ってセキュリティー作動すると事件沙汰になるレベル」 「…………そんな家、違う意味で不安なんだけど」 普通の家、ではないと言う事で、セキュリティー作動で事件沙汰ともなれば政府高官、下手をすると裏目に出る。 そう言えば、陽里の学籍簿では緊急時連絡先に携帯電話の番号だけで保護者氏名は空欄だった。 なぜ明記せずして良しとされているか。 明記できない理由があるのか。 「とりあえずさ、オレん家来てみない?」 その嫌味なくらいに整った目鼻立ちで、爽やかな笑顔を浮かべた陽里の台詞だけ抜き取れば安い口説き文句にしか聞こえない。 だが陽里の声は、不思議と優しく心に滑り込んでくる。 苛立ちが些細な事に思えるくらい、気持ちが無防備になるのを史花は感じた。 「父親の名前は?」 それでも拭えない不安、それを知るか知らずかで変わる覚悟。 聞いてしまうと後悔してしまいそうな問いを史花は喉の奥から押し出した。 陽里から笑顔が消え、史花を見詰めていた瞳が逸らされる。 「榊原(さかきばら) 生真(いくま)
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