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手も唇も離せない。
史花は口付けに没頭し、ねだる様に陽里の背に片手を回す。
握り締められた手が熱を帯び、押し付けられたエレベーターの壁が冷たく感じる程だ。
普段冷え切っている身体が熱を帯びるのは、本能に突き動かされ血を得ている時くらいだったが、陽里とはそれが少し違う。
胃の奥底が燃える様に熱くなり身体中に広がりながら、動悸が息が乱れるくらい熱くなる。
触れている皮膚が、唇や口内の粘膜が、そして喉の奥が熱い。
しっとりと潤う喉の奥、例えようもない甘さが焦らす様に口内にじんわりと滲む。
傷ついた舌先から口付けで血を得るなんて言う行為が、こんなに心地良い事を知らなかった。
唇や舌で肌に触れる瞬間、牙が表皮を貫く瞬間、本能が叩き起こされていく様な乱暴で自分本位な衝動が嫌と言う程に自分に染み付いていたのだと思い知る。
まともじゃない…………
こんなところで、こんな事
しかも、やめられないなんて
どうかしている。
ただの吸血衝動とは違う。
いい加減、史花はそれを分かってしまう。
何かを欲した事など、今までなかった。
欲しがっても手に入らない。
期待が失望へと変わる瞬間がどんなに残酷か、強い意志だけでは変えられる事のない現実を目の当たりにしてきたのだから。
失望の中でゆっくり飢えて死んだ父親の姿が、浮かんで消える。
現実に引き戻されたかの様に甘い酔いが冷め、動揺した史花は思わず噛み締めていた。
「 ────── っ、ぃて」
口内いっぱいに血の甘さが広がる。
陽里は片手で口元を抑え俯いていた。
擦り傷どころではない、牙が弾力のある肉質に突き刺さる感覚があった。
そんな事をしようとしたのではない。
ごめん、と一言謝ろうとしても声にならず、史花は目を瞠り身動ぎ一つできずにいた。
ただ口の中を魅了する血液の旨みが、罪悪を掻き立て自分への嫌悪となり、飲み込めない。
舌を動かすと喉の奥へと流れ込んでいきそうで、それが嫌だった。
化け物はどこまでいっても化け物で、その本能は決して消えてはくれない。
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