第5章 嫉妬

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「そんな顔すんなって。お腹空いた頃だよな」 愕然とする史花を見てとり陽里は口元の血を親指で拭うと、ふわりと笑った。 他愛ないと示すかの様な微笑みに、史花は過去から現在(いま)へと引き戻される。 さらりと、化け物である史花を受け止めるのだ、皇 陽里と言う人間は。 人間だとか、化け物だとか、問題ではないと言われている感覚は、今までの考え方を全て塗り替えていく様だ。 どうしたらいいか、分からなくなる。 「早く部屋に行って続きしようか。まだ出血中で勿体無いし」 悪戯っぽい少年の顔で陽里が舌を出して見せた。その舌からじわじわと血が滲み出す。 「オレ、血の味って苦手かも。だから姫さんにあげる」 間近で細める陽里の瞳は驚く程に甘く愛おしげだ。自分に向けられたそれは直向きで嘘がなく疑いようもない。 それだけに史花は目を逸らさずにいられなかった。  応えられない。     応えてはいけない。 分かっていながら陽里には目を背けて欲しくない。失う事ができない癖に、応える事もできない。そんな自分の狡さに、史花は気づいた。 戸惑いを隠せない史花の左手の薬指に、陽里が指を絡ませてくる。 「オレの全部、あげる」 陽里の唇が囁く様に動きながら近づいた。 今、押し退けて拒めば間に合うのかも知れない。受け止め切れないと伝わるのかも知れない。 それなのに史花は顔を背ける事もできず目蓋を閉じていた。 口付けを受け入れたようなものだ。 鉄の味が酷く甘い、舌先で溶ける蜂蜜の様で脳内を恍惚とさせるアルコールの様に酔わせる。 より深く口付けを求めそうになったところで、陽里が唇を離した。 「まだここで見せる(・・・)?」 額を合わせ囁く陽里の吐息はほろ甘い。 エレベーターの中には陽里の背に向かう形で防犯カメラがある。 誰かが見ている。 いつでも誰かに追われ監視され、見られている。 きっとそう言う宿命なのだろう。 皇 陽里との出会いすら、おそらく何かに仕組まれている。
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