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陽里の部屋は無駄に広く、殺風景で色がない不釣り合いな空間だった。
ぽっかり空いた穴の様に、淋しさや虚無感を抱かせる理由が父親との確執にあるのだと読み取れる。
私の部屋みたい…………
ラグもなければソファもクッションもない。
小さいながら部屋の片隅にある台所に対面しカウンターがあるだけで、テーブルもない。
陽里のイメージからはかけ離れている様で、史花は立ち止まりぐるりと見回していた。
「あの扉、右がトイレで左が風呂場だから」
史花の肩にさり気無く手を置きつつ、陽里は扉をそれぞれ指差す。
普通の家がどうあるかは比べる程立ち入った事はないが、自室にトイレや浴室があると言うのは贅沢に思える。
そもそも台所に冷蔵庫まであるのだから、すでにワンルーム賃貸と変わらない。
「まさかここも監視つき?」
「それはないけど、盗聴器はあるかも」
眉をひそめ横を見上げる史花に、陽里は失笑する。
「いや、ないない。言ってみただけ」
「案外あるかも知れないわよ。確かめてあげましょうか?」
「確かめるって、探知機的なもん持ち歩いてんの?」
「感覚で分かるの。蝙蝠みたいに超音波で」
「え?吸血鬼ってやっぱり蝙蝠系ってこと?」
「そんなわけないでしょう。言ってみただけ」
目を丸くして好奇心を露わにする陽里に史花の口角は自然と上がっていた。
なんだよ、と陽里が笑い史花の肩を引き寄せる。
長くしなやかな腕の中に抱え込まれると、甘い匂いがした。
血の甘さに似ていて、どこか違う。
ただ嫌と言う程に安堵する、張り詰めた気持ちを解していく温かく柔らかい。
最初は余りに場違いで逃げ出すことばかり考えていたのに、今ではそれが当たり前に自分のものの様に錯覚する愚かな甘味。
この感覚、悪くない。
どんなに抗っても、もう引き返せないと分かっている。
身体の奥底がそれをすでに受け入れている。
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