戦場秘話 アルト・ルッティネンの回想

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戦場秘話 アルト・ルッティネンの回想

 ヤンネ・トゥオミネンが死んだ。彼の魔竜も死んだ。  私たち四人が着いた時には、ヤンネの死体は既に近くの民家に運び込まれ、暗く狭い居間に横たえられていた。  死体が纏っている飛行服は血と混合濃縮エーテル液で赤黒く染まっている。両脚は滅茶苦茶に砕かれており、右腕は失われていた。 「それにしちゃ綺麗な死顔だ」  私の隣にいるヘンリクが驚いたように言った。  確かに、ヤンネの顔は安らかだ。血色こそ皮膚からは失われているが、両目は静かに閉じられており、口元はわずかに綻んでいて微笑んでいるようにすら見える。今すぐ起き上がってもなんら不思議ではない。  セッポがタバコを咥え、火をつけながら言った。 「本人もきっと安心してるだろう。部隊一の伊達男にふさわしい死顔だからな……」  ここは最前線に程近い。ドロドロという、遠雷のような赤軍の砲声が聞こえてくる。  きっと、前線には多くの死体が転がっているだろう。敵と味方の死体。人間と魔法生物の死体。ねじくれ、焼かれ、砕かれ、引き裂かれた死体。  それに比べれば、ヤンネの死体は上等な部類と言えた。 「それに、大戦果を挙げたしな」  深々と一服し、煙を吐き出したセッポがしみじみと言った。  私はセッポに問いかけた。 「ヤンネの最期を見たのか」 「ああ、しっかりと見たよ。一直線に突っ込んで、投弾寸前の敵の編隊長機を撃ち落とした。おかげで敵の爆弾は全部外れた。その後もヤンネの奴、よせば良いのに旋回を繰り返して暴れ回って、しまいにゃ魔竜の脳味噌を撃ち抜かれた。後は地上に真っ逆さまでな……」  私はその話を聞いて不思議に思った。およそ、ヤンネらしからぬ戦いぶりだ。慎重で、ともすれば臆病で、しょっちゅう「俺は死なん、絶対に死なん」と言っていたヤンネにしては、あまりにも勇敢すぎる最期のように思われた。  まるで、戦いの最中突然人格が変わったかのようだ。 「ん? これは……?」  近くに寄って死体を見ていたエルモが、怪訝な顔をした。 「どうしたエルモ?」 「いや、ヤンネのマフラーを見ろよ。こいつ、いつの間にこんなマフラーをしてたんだ?」  エルモが死体の首元を指し示した。見るも鮮やかな赤色のマフラーが巻かれている。  血よりも暗く、薔薇よりも明るい、真紅のマフラー。  奇妙なことに、マフラーはまったく汚れていなかった。ヤンネの死体はボロボロだというのに。  材質は絹。新品そのもののように、美しい光沢を誇っている。 「おかしいな、ヤンネはいつも緑のマフラーをしていたはずなんだが。ほら、あの酢漬けキュウリのような色をしたマフラーだよ。似合ってないのに、本人は験担ぎだとか言っていつも巻いてた」  一緒に見ていたヘンリクが頭をかきながら言った。  腕を組んで、何やら考え込んでいたセッポが、あっ、と声を上げた。 「このマフラー、どっかで見たと思ったら、死んだマウノのマフラーじゃないか?」  エルモが頷く。   「そうだ、この赤色には見覚えがある。これはマウノのマフラーだ。マウノ・レヘトヴァーラのお気に入りだったマフラーだ」 「いや、それはおかしいだろ」    ヘンリクが反問した。 「マウノのやつは二週間前、イタメリ海で敵の輸送艦に爆弾を抱えたまま突っ込んで死んだ。奴も、奴の魔竜も木っ端微塵に吹っ飛んで、何も残らなかったじゃないか。なら、なんで奴のマフラーがまだここにあって、ヤンネが巻いてるんだ?」  セッポがやれやれとばかりに首を横に振った。 「別におかしくはないだろ。きっと、マウノは最後の出撃の時にこの赤いマフラーをしていかなかったのさ。で、たぶんヤンネがこれを受け継いだんだ。なんせ、マウノの遺品整理をしたのはヤンネだからな」  ヘンリクはなおも表情に疑問の色を浮かべている。 「……俺はマウノの奴が前に『赤いマフラーがない!』と言って大騒ぎをしたのを覚えてるぞ。そんな奴が赤いマフラーをしないで出撃するなんてことがあるのか?」  二本目のタバコに火をつけたセッポが、ヘンリクの疑問を打ち消すように言う。 「そりゃ、したんだろう。じゃなきゃこうしてここにマフラーが残ってるわけがない。それともなんだヘンリク、お前は海に沈んだか爆発で燃えてなくなったかした赤いマフラーがひとりでに戻ってきて、ヤンネの首回りに収まったとでも言うのか」 「いや、そうは言っていない。そんなことはあり得ない。ただ、俺は……」  私はそろそろ話を締め括ることにした。 「いい加減おしゃべりは終わりだ。ヤンネを車に運ぶぞ。基地に帰って、棺桶に入れてやらねば」  私たちはあらかじめ用意しておいた戸板に死体を載せると、四人がかりで車へ運んだ。  暗い空からは真っ白な粉雪が途切れることなく降っている。踏み締められた雪がギシギシと音を立てる。  戦友の死体は思ったよりも軽かった。なおも砲声は鳴り響いていた。
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