戦場秘話 アルト・ルッティネンの回想

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 私たちは搭乗員待機室にいた。半地下式の部屋は薄暗く、骨の髄まで凍るように寒く、会話はない。  だが、私たちが黙っていたのは寒さのせいではなく、ある想念が各々の頭の中を駆け巡っていたからだった。  たまりかねたように、エルモが口を開いた。 「なあ、ヘンリク。そのマフラー、捨てちまったらどうだ」  真紅のマフラーを指先で弄んでいたヘンリクは、思考の海に溺れていたのか一瞬返答が遅れた。 「……ん、ああ? なんだエルモ、なんだって?」  エルモが再度、同じ調子で問いかけた。 「捨てたらどうだって言ってるんだよ、その真紅のマフラーを」  ヘンリクは眉をしかめた。目つきが険しい。 「なんで捨てる必要がある。こいつは良い品だぜ。こいつを首に巻いて空に上がったらさぞかし快適だろうよ」 「お前はなんとも思わないのかよ」 「なんだよ」 「不吉だとは思わないのかって訊いてるんだよ」  エルモの難詰するような口調に、ヘンリクは肩をすくめた。 「まぁ、確かに。これの今までの持ち主は全員死んでるな。最初はマウノ、次がヤンネ、その次がたぶんセッポ。で、どういう理由かは分からんが、持ち主は死んでるのにこのマフラーだけは生き残ってる。だから、このマフラーは持ち主を死に追いやる呪われた品なんじゃないかとエルモ・ペクリ飛行士殿はお考えになったわけだ。違うか?」  そう言われたエルモは、ヘンリクを睨むような目つきをしたが、しかしじっと口を閉じている。  ヘンリクは話を続けた。 「ま、そう考えるのも別におかしくない。俺たちは飛行士で、飛行士ってのは迷信だとか験担ぎってのを大事にするもんだ。ただ、俺はそういうのを信じない」  私はここで口を挟んだ。 「ほほう、どうして」  長い金色の髪の毛をかき上げてから、ヘンリクは答えた。 「俺は運命論者でもないし、予定説を信じているわけでもない。俺は、生きるのも死ぬのも人間の努力と心掛け次第だと思ってる。今までそう信じて戦ってきたし、それで生き残ってきた。これからもそうだ。この赤いマフラーが不吉なものだとお前らが信じるのは勝手だ。だが、俺として『こんな赤いマフラーごときに俺が殺されるわけがない』と思っている」  突然、部屋に設置された内線電話のベルがけたたましく鳴り響いた。近くにいたエルモが飛びつくようにして受話器を取ると、数秒も経たずして叫んだ。 「緊急出動! ヘルシングフォシュに敵爆撃機の大編隊が接近中!」  ヘンリクは私にニヤリと笑みを浮かべた。 「良い機会だ。俺はこの赤いマフラーを巻いていく。俺の考えの正しさをお前らに証明してやるよ」
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