戦場秘話 アルト・ルッティネンの回想

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 ヘンリクは帰ってこなかった。赤いマフラーを巻いたまま、凍りついた大空に散った。  緊急出動した私たちは、なんとか敵の編隊を捕捉することができた。  敵から見て二時の方向に私たちはいた。しかし既に敵は爆撃針路に入っていて、これから射線を確保したり攻撃態勢を整えたりしたら、投弾を阻止することができないのは明らかだった。  焦る私たちを尻目に、グンと増速して私たちの編隊から離れる一騎がいた。  それはヘンリクだった。赤いマフラーが妙にくっきりと私の目に映った。  戦隊長が叫ぶノイズ混じりの声がヘッドフォンから聞こえる。 「おいヘンリク! 勝手に離れるな! 戻ってこい!」  返答はない。他の仲間たちも口々に戻ってくるよう怒鳴った。だが、その間にもヘンリクは無言でぐんぐん敵編隊へと突き進んでいく。  そして十秒ほど後にそれは起きた。 「あっ!」  ヘンリクとその魔竜は、敵の編隊長機に体当たりをした。右翼の付け根部分に頭から突っ込まれた敵機は、安物のライターのようにパッと火を吹くと、次の瞬間には満載していた爆弾が爆発し、巨大な火の玉となった。  大小無数の破片となって敵機は空から一瞬で姿を消した。ヘンリクも魔竜も、塵ひとつ残さずこの世から消滅した。  さらに驚くべきことが起きた。吹き飛ばされた敵機のエンジンが敵の二番機に当たり、その二番機も爆弾が誘爆して消し飛んでしまった。  敵は自殺攻撃を目の当たりにしてパニックを起こした。首都ヘルシングフォシュの市街地手前の何もない雪原に爆弾を捨てると、それまで緊密に組んでいた隊形をバラバラにし、算を乱して逃走を始めた。  呆然としていた私たちは一瞬行動が遅れたが、気を取り直して追撃を開始し、最終的にヘンリクに墜とされた二機を合わせて六機を撃墜した。首都に被害はなかった。  紛れもない勝利。だが、基地に帰った私たちの心は重かった。全員が着陸すると戦隊長は即座に皆を呼び集め、こう言った。 「ヘンリク・レフティネンは立派だった。立派に敵を阻止した。大戦果を挙げた。だが無謀だった。あんな攻撃をする必要はなかったのに」  これまで一度も泣いているところを見たことがない戦隊長が涙ぐんでいるのに、私は気づいた。 「生きている限り俺たちは飛び続けることができる。戦い続けることができる。今後、一切の体当たり攻撃と自殺的攻撃を禁ずる。どんなにそれが必要だと思われたとしても、絶対にそれをしてはならん! 分かったな……」  私とエルモは足を引きずるようにして、搭乗員宿舎に戻った。六人部屋には今や、二人しかいない。  寝台に腰掛けたエルモがうなだれながら言った。 「マウノも、ヤンネも、セッポも、ヘンリクも死んじまった……四人とも手柄を立てたが、でも死んじまったら何にもならない」  私もやりきれない思いだった。 「どうせ今回のヘンリクの件も、新聞は『英雄的犠牲精神』として書き立てるだろうな……」  その後の一週間、相変わらず戦いは続いたが、戦死者は出なかった。  凍結したラートカ湖を続々と渡ってくる敵の大部隊を攻撃するという、うんざりするほど血生臭い任務を終えて帰ってきたその日、私は自分の寝台に信じられないものが置いてあるのを見た。  それは真紅のマフラーだった。ヘンリクと共に爆発して大空に消えたはずのマフラーが、鮮やかな赤い光沢を放って私の寝台の一隅に幻想的な存在感を示していた。
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