戦場秘話 アルト・ルッティネンの回想

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 翌日早朝、私は空にいた。敵飛行場まで一時間。愛騎の魔竜の調子は良く、濃縮エーテルの混ざった赤紫色の呼気を盛んに鼻腔から噴出している。  膝の上には真紅のマフラー。私はそっとそれを手に取った。首に巻けば「呪われる」かもしれない。だから決して巻きはしないが、しかし敵にくれてやる前にもう一度よく見ておきたい。  思えばこのマフラー、この短い間に随分と多くの命を奪ったものだ。死んだ四人の戦友は気の良い奴らで、全員が将来に夢を抱いていた。マウノには婚約者がいたし、ヤンネは大学に行きたがっていた。セッポは画家志望だったし、ヘンリクは海外旅行をしたいと言っていた。  いや、マフラーのせいではない。私は思い直した。彼らを殺したのは、決してこのマフラーではない。彼らを殺したのは紛れもなく赤軍だ。あの侵略者共だ。村々を焼き、首都に爆弾を落とし、多くの人々を虫ケラのように殺した、あの悪魔共だ。奴らさえ来なければ、四人の戦友も死ぬことはなかった。未来を奪われることもなかった……  私の内側は、突如として憎悪と殺意に塗り込められた。そうだ、私は奴らを殺さねばならない! 今までどこか赤軍の連中に、同じ戦う者同士として仲間意識にも似た何かを感じていたが、そんなものはまやかしだった。奴らはこの世から消え去るべき存在だ。  殺さねば!  それまで巻いていた白いマフラーを外し、私は真紅のマフラーを巻いた。すると、それまでの人生で一度も抱いたことのないような、猛烈な闘志と敵愾心が湧き上がった。  敵飛行場は静まり返っていた。上空に敵機の影はない。無警戒にも、敵の戦闘機は隠蔽されることもなくズラリと列線に並んでいる。私の存在には気付いているはずなのに、対空砲は一発も撃ってこない。絶好の機会だ。  思わず、私は叫んでいた。 「殺してやるぞ! 皆殺しだ!」  魔竜を素早く降下させ、私は銃撃の態勢に入った。両翼の速射魔力砲が唸り声を上げて弾丸を吐き出す。突っ込んで、撃ちまくり、何度も旋回して、私は地上の敵機を次々と燃え上がらせた。列線にあった二十機近くの敵機はほとんどが破壊された。 「殺してやる! 殺してやる!」  心臓が爆発しそうなほどに音を立てている。  襲撃に気付いた敵は、慌てふためいて飛行場内を逃げ惑っている。倒けつ転びつ、ある者は防空壕へ、ある者は機体へ、ある者は対空砲へと走っている。 「死ね! 死ね!」  私は、その中の一人に目をつけた。立派な飛行服を纏った、赤ら顔のいかにも歴戦のパイロットといった男だった。その男は私に向かって腰の拳銃を抜き、敵うはずもないのに盛んに撃ちかけてくる。 「死ね!」  私は光学照準器のど真ん中に男を捉えると、発射ボタンを押し続けた。弾丸は男を粉微塵にした。  その瞬間、私の魔竜のエーテルタンクが火を噴いた。敵の対空砲が私に直撃弾を送り込んだのだった。  魔竜が悲痛な叫びを上げるのを聞きながら、私はなおも攻撃を続行した。次々に被弾し、傷を負い、血塗れになりながら、私は気が狂ったように叫び続けていた。 「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる……!」  いや、その時の私は、本当に気が狂っていたのだろう。
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