闇を藻掻く

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 「ちょっと!?セツナ様!?」 アンの戸惑いの声など聞こえないようにセツナは全力で駆けていた。少し筋肉が落ちたとはいえセツナの足は俊足だ。いきなり逃げ出そうとでもしたのかとアンは内心焦った。振り切られる。そう思ってどうにか追いかけていくと、 小さな庭でセツナの足が止まった。 動かず、何かを凝視するセツナをアンはどうしていいかわからないまま、何度も庭とセツナを視線を往復する。すると、セツナが静かに、膝をついた。 「見つけた。」 「何をです?こんなところに庭があるなんて……」 セツナは黙っていた。しばらくして立ち上がると手袋をそっとはずす。アンは今までセツナが自分から人前で手袋を取ったのを見たことがなかった。それに驚いていると今度は枯れ葉を集めたり、樹の実を拾ったり勝手知ったるような自然さで庭の手入れをしている。なにをセツナがしようとしているのかアンには見当もつかなかった。一通り整えて貰った筈の花を小さな丘にそなえると。 「俺が生まれたところだ。」 セツナは突然そう言った。そして振り返らないままに言葉を続ける。 「そして母様がなくなった場所だ。」 その言葉に顔をしかめた気配がしてセツナは心の中で思う。こう言えば怒るかもしれないがアンは仕えていたミハエラによく似ている。いつの日だったか霊安室に入りかけたミハエラを止めた時と今の状況はそっくりだ。 「すべてを忘れてからずっと碌に墓参りもできてなかった。そうか。離宮の庭に俺は墓を作ったのか。」 セツナは静かになんの墓石もない盛り上がった土を見ていた。そこからは周りに咲く自然に近い花たちとともに過ごした離れ、そして遠くに自分がたどりついたアーレンの治療院もうっすらと見える。 「親不孝だな。俺は。」 独り言のようにそういって墓を撫でる。その顔をアンはちゃんと見れなかった。この庭にも離宮にも目立つものなんてなにもない。セツナが今押し込まれている部屋には税が凝らされ絵画や装飾品で細部まで作り込まれているが、そんなものは一切ない。田舎の大地主か成金の家のほうがよっぽど豪華だろう。 だというのに。 どんな家よりも落ち着く。場所に安心感を覚えたのは記憶にないが、呼吸をゆったりしていてもいいと言われているような気がした。ここなら飛び続ける折れた羽を休めていいと。セツナの目はゆるりと安らいだ。 「ここにしばらくいてもいいだろうか?」 その言葉にアンは首を引く動作だけで頷いた。
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