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優しげな笑みを浮かべている彼は、全然恐くないし強そうにも思えない。
でも、いくら力に自信があるとはいっても、こちらは一応女の子だ。
不審者をいままで取り押さえた経験もなく、わたしはどうすれば良いのかわからず一歩が踏みだせない。
そんなわたしの様子を見た彼は、苦笑するように口もとに手を添えると、笑いを噛み殺したような声で小さくささやいた。
「捕まえにこないんだ。だったらぼくは、体育館の二階にある観覧席のほうへ逃げちゃおうかなぁ」
おもむろに告げた彼は、壁にもたれていた身体をゆらりと起こす。
そのまま、するっと足音もなく中扉を通って姿を消した。
わたしは呆然と見送ってしまったけれど、すぐにハッと正気に戻る。
なんだったの? いまの人!
呆気にとられて追いかけなかったけれど、良かったのだろうか?
このまま校外へ出ていってくれたら、問題はないとみていいのだろうか?
「あ。でも、二階にあがるようなことを言っていた気が……」
わたしの言葉が終わる前に、彼は二階の手すりの上から顔をのぞかせた。
「ほら、ぼくはもう二階にあがっちゃったよ。きみは追いかけてこなくていいのかな?」
「え! 本当にあがっちゃったんですかぁ?」
叫んだわたしは、すぐに体育館の中扉から飛びだすと、靴箱の横の階段を急いで駆けあがった。
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