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そんな抗議の言葉を視線に乗せたつもりだったんだけれど、まったく凪先輩には通じていない様子だ。
この一件を終わらせるために、わたしは不本意ながら仕方なく、のろのろと彼のほうへと近づいた。
彼は、やわらかな笑みを浮かべたまま動かない。
直前になって、ひらりとかわされてもシャレにならないので、わたしは飛びつける距離まで近寄ると、狙いを定めて両手を広げ、えいっと抱きついた。
――抱きついたはずだった。
ところが、わたしは彼の身体を通り抜けて、勢い余って前のめりに倒れこんだ。
慌てて両手を床について、膝がぶつからないように回避する。
そして、わたしは驚愕の表情で振り返り、照れたように頭をかく彼の背中を凝視した。
風使いの凪先輩。
そうなれば、この彼も特殊な能力使いであるメンバーなんだ!
やっと気づいたわたしへ、意地の悪い凪先輩が楽しそうな声を飛ばしてくる。
「どうした、桂? 捕まえないのか?」
「それなら、凪先輩が彼を捕まえる手本を見せてくださいよ! これは試験じゃないんでしょう?」
不貞腐れたようにわたしが叫び返すと、凪先輩は大きな声で笑った。
助ける気など、さらさらないようだ。
そんな凪先輩とわたしを見比べた彼は、嬉しそうに私だけに聞こえる小さな声でささやいた。
「凪が楽しそうだ。周囲の期待に応えなければと肩ひじを張っていた凪が、きみの前ではのびのびとしている」
「凪先輩はただ、わたしで遊んでいるだけですって!」
頬をふくらませたわたしへ手を差しのべながら、彼は言葉を続けた。
「ぼくは、別にきみを試したいとかじゃないんだ。ただ、どんな子が今年、選ばれたのかなって思って会いにきただけなんだよ」
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