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「そうそう。あと。これを渡そうと思って」
そう言って透流さんは、気分が沈んで黙りこんでいたわたしの目の前に、握った右手を、ずいっと差しだしてきた。
首をかしげると、彼は手のひらを上に向けるように開く。
そこには、無機質で可愛さのかけらもないスチール製のベルトの、腕時計らしきものが乗っていた。
らしきものというのは、腕時計じゃなさそうだから。
円形の文字盤とおぼしきところには、針がついていない。
「これは腕時計に模して造った発信器なんだよ。まだ正規のメンバーじゃないきみは、ぼくや凪と同じ通信機や携帯の支給がないから。このネジっぽいボタンを押すと、きみの声がこちらの受信機に聞こえる。液晶画面の地図にきみの位置もあらわれる。これの受信機は凪に渡しておくから、非常のときには、凪に助けを求めればいい」
「え、ぼくですか?」
「だって、一番駆けつけやすい位置にいるし。それに試験の立会人だろう?」
嫌そうな声をあげる凪先輩に、透流さんはやんわり笑顔を向ける。
携帯電話ほどの大きさの受信機を仕方なく受けとりながらも、凪先輩は言葉を続けた。
「実技試験は、学校側からぼくにも連絡が入って行われるんですよ。これは必要がないと思います」
「万が一の非常用だよ」
透流さんは、少し声を落とした。
「極秘試験は、極秘としていてもばれるものだし。妨害が入らないとも限らないだろう?」
「まあ……そうですね。一週間放課後帰宅令が出た高校では、極秘試験が行われていると告げているようなものですから」
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