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そう言い残すと、男は再び全速力で奈津美に背を向けて走っていった。
家族を守れるのは自分しかいない――。
奈津美の全身に、再び使命感という名の血潮が駆け巡った。
あの若者と同じく、今この時、大切な者を守れるのは奈津美しかいない。
こんな状況なのに、なぜかえも言われぬ高揚感を感じ始めていた。
自分のやるべきことはこれだと思った。
勉強は人並み。運動だってそれほど得意ではない。
目立つのも好きではなかったから、いつだって奈津美はいるのかいないのかわからない存在で、時にはあからさまに見下されることだってあった。
でも仕方ないと思っていた。奈津美自身、自分に存在価値を見出せなかったのだから。
でも、今は違う。
自分と梨々花を守るため、自分を散々苦しめてきた仕返しをするため、菜津美はさゆりをためらいもなく殺した。
管理人にはかわいそうなことをしたが、もはやこれは戦争だ。
世界は今日、変革を遂げたのだ。
皆で秩序を保って安寧を作り上げていく時代は終わった。
奈津美は確信している。
今日という日を境に、守りたいものを守る勇気を持つ者だけが生き延びることのできる時代が始まったのだ。
女であろうが専業主婦であろうが関係ない。
自分に寄り添う小さな手を握り締めて、奈津美は言う。
「ママが守るよ。梨々花も、パパも」
私が強くならなくてはならない――。
奈津美は、混沌と化した駅前の方向をじっと睨みつつ、大きく一歩を踏み出したのだった。
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