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「ごめんなさい!」
菜津美は傘の先端を管理人の首に照準を当てると、そのまま目をつぶってずぶりと押し当てた。
首なのだから当然硬いはずだが、感触はなぜだかぐにゃりと汚泥の中に手を突っ込んだような感覚だった。さゆりの目に傘を突き立てた時と同じだ。
管理人はそこで初めて背後に何かがいることに気付いたようにゆっくりと振り返る。
「ひっ」
両目は黒目がなく灰色に濁っており、さらには内側から圧力をかけられたように眼球が飛び出していた。
両手を突き出して奈津美に襲い掛かろうとしたが、首という急所を攻撃されたせいか、その場でどさり崩れ落ちた。
奈津美によって破壊された首元は、血液こそ出ていなかったものの、多量の水分を含んで潰れた泥団子のようにぼろぼろに崩れ去り、胴体と完全に切り離されるのも時間の問題のように見えた。
「梨々花、なるべく端っこを通ってこっちにおいで」
「ママ、こわい……」
「大丈夫。もうやっつけたからね。ママが守ってあげるから大丈夫よ」
梨々花を誘導しようと奈津美が一歩足を踏み出した瞬間、朽ち果てたはずの管理人の首がむくっと動き出し、最後の力を振り絞ったように前進して奈津美の左足のすねにかぶりついた。そのはずみで首はとうとう胴体と完全に分離した。
「!!」
「ママーーーーー!」
奈津美は右足で管理人の頭部を思い切り蹴り上げた。
管理人の頭は思いのほか簡単に吹っ飛んで壁に激突し、音もなく破裂した。
それを見届けてから、奈津美はすぐに自分のデニムの裾をめくった。
露出したのは筒状に巻いた段ボール片だ。
かなり強い力で噛まれた感覚があったが、その箇所は段ボールが多少へこみを見せているだけで、奈津美の肌に傷を負わせている様子はなかった。
念のため、腕にも足にもこのような対策をしてきたのが功を奏した。おかげで命拾いした。
当然梨々花にも同じ処置を施している。
噛まれたら感染するかもしれないというのは、これまで見てきたゾンビ映画の受け売りでしかないが、もはや映画の中のような出来事が実際に起こっているのだ。
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