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心臓の音が身体中に響き渡るほどの緊張感の中、菜津美はマンションと外の世界を隔てるオートロック扉を開けた。
何か不穏な空気や匂いを感じるのかとほんの少しの期待を持ったが、案の定何の変化もない。
駅はマンションを出てまっすぐ左手だ。菜津美たちの住むマンションは線路沿いに立っているため、騒音の問題はあるが非常に分かりやすい立地ではある。
菜津美は駅の方向を確認する。
何やら駅に近づくにつれ人影が多く見えるような気がするのがぼんやり分かる。
あれらは全てバケモノなのだろうか。あの中で洋平は逃げまどっている、もしくはどこかに身を隠しているのだろうか。あるいは――。
菜津美は首を振って最悪の想像を断ち切る。
すると、駅の方向からものすごい勢いで誰かが走ってくるのが見えた。
菜津美は武器を片手に身構えた。
距離が詰まってくると、それがサラリーマン風の男だということまで分かった。
菜津美は歩道の端で構えていたが、男はそんな菜津美には目もくれず、道路のど真ん中を全力疾走してすれ違い、ハッと気づいたように立ち止まった。
「ちょ、あんたそこで何してんの!?」
「えっ……」
どうやらバケモノではない、正常な人間だったようだ。
20代くらいの、若いスーツ姿の男だ。
「子供なんか連れて、危ないよ!早く家に戻りな!駅は奴らで溢れててもうどうしようもない。電車も動いてないよ」
「奴らってあのバケモノのことですか? あの、夫が……まだ駅の近くにいるはずなんです!」
「残念だけど、助けに行くなんて無理だよ。生きてる人間はいたけど、とにかく奴らの数が多くて逃げ出せない。俺だって何とか振り切って逃げてきたんだ」
「そんな……。あれは一体なんなんですか?一体何が起こってるんですか?」
「知るかよ、そんなの。俺だって聞きたい。とにかく、俺は行かなきゃ」
「どこに?」
「嫁さんが出産して入院してるんだ。電話もつながらないし、どうなってるか心配だ」
駅とは反対方向にある、産婦人科病院に行くつもりなのだろう。
「でも、あなたこそ危険です。どんな状態になってる分からないのに……」
「ほかの地域がどうなってるか知らないが、警察も消防もまともに機能してないよ。自分の身も家族も、守れるのは俺しかいないから。じゃあな。早く家に戻りなよ」
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