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山田菜津美、専業主婦。先月30歳の誕生日を迎えた。
顔立ちも経歴も何もかも平凡な、世間の平均値ど真ん中を行くような妻であり母親だ。
毎日家族が健やかに暮らせるように生活を切り盛りし、彼女の城でもあるこの3LDKのマンションの1室を丁寧に掃除して守る。それが菜津美の仕事だ。
朝は特に忙しい。
洋平は送り出したが、まだもう1つの嵐が待っている。
「ママーーーー!!」
ほら、やってきた。
娘の梨々花だ。
寝起きの機嫌がすこぶる悪い性質で、毎朝起きると菜津美を寝室から大声で呼ぶのだ。
「はいはい、今行きますよ……」
菜津美は軽くため息をついて寝室へ向かい、仏頂面で母親にしがみつく娘を抱えてリビングに戻ってきた。
梨々花のルーティンは決まっている。
15分はこのままぼーっとさせておかないと癇癪を起す。それからようやく食事をさせ、身支度をさせてからテレビの幼児向け番組を見る。
幼稚園バスの時間がいつもギリギリになるので本当はテレビを見せたくないのだが、誰に似たのだか、梨々花は頑固で絶対にこの行程だけは死守しようとする。
梨々花にテレビを見せたくないのは、何も菜津美自身が番組を見たいからではない。
むしろ、菜津美は極力朝の情報番組を見るのを避けていた。
朝から様々な時事ニュースに触れていると、社会に置いてけぼりにされている焦燥感でひどく胸がざわつくのだ。
自分は育児と仕事を両立できずにギブアップしてしまった怠け者、それを各局のニュースキャスターが責め立てているように聞こえてしまう。
だから菜津美がゆっくりテレビを見始めるのは朝の10時を回ってから。主婦向けのお料理のコーナーが出てくるあたりで、ようやく自分の存在を許されているとホッとできるのだ。
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