。+Ephemeral light+。

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九条先輩に手を引かれるがまま。 ゆっくりと歩く。 程なくして、目的の場所へと辿り着いた。 九条先輩に促されるがままに、最近ではすっかり定位置となっている白いソファーに腰を下ろす。 九条先輩はキッチンへと向かい。 朝では無いが、少し甘めのカフェオレを淹れてくれた。 温かいカフェオレを一口飲み。 やっと身体の震えが治まってくる。 九条先輩は俺の向かい側のソファーに腰を下ろし 、先程から此方に少し難しい顔で視線を寄せている。 この人は、とても優しい人なので。 俺が話し出すのを待ってくれているのだろうと。 飲んでいたカフェオレのマグカップを目の前のテーブルに置き、視線を九条先輩に向けた。 「少し、落ち着いた?」 「はい…。御陰様で。ご迷惑おかけしてすみません」 「謝らないでよ。俺が勝手にしたことなんだから」 「…ありがとうございます」 「うん。謝られるよりは御礼言われたほうがいいかな」 そう言って九条先輩は、また少し困ったように微笑んだ。 チラッと。 テーブルの端に置かれている、デジタル時計に視線を寄せれば6時を指していて。 教室を出たのが4時頃だったので、いつの間にか2時間近く経っていたことに驚く。 そういえば。 春達に連絡をいれていないことを、思い出し。 九条先輩に断りをいれ 『少し出掛けてるから、心配しないでね』 という内容のメッセージだけ送っておいた。 携帯をテーブルの上に置かせてもらい、再度視線を向ける。 「連絡したの?」 「はい、取り敢えず同室の春にだけ。」 「そっか。蓮ちゃんには連絡しなくて良かったの?」 「春に言えば、自ずと蓮の耳に入るはずなので」 「なるほどね」 九条先輩の言葉に頷き。 どこから説明しようかと思案する。 正直に話したら、軽蔑されないだろうか。 いくら優しい人でも、気分を害してしまうのではないか。 思考を纏める為に、スラックスのポケットから煙草を取り出し火をつけ深く吸い込む。 深く吸い込んだ煙が徐々に身体の中へと浸透していく。 「…俺、今まで好きでもない相手と付き合ってきて。付き合ったら、少しは相手の事を思えるようになるんじゃないかって甘い考えで付き合って。結局、好きになれるわけは無くて。だから…きっと、罰が当たったんです」 「…罰?」 「はい…。さっき、以前付き合っていた相手に無理やり美術室に連れ込まれて…キスをされました。キスをするのは初めてでもないくせに、怖くなっちゃって…でも、半ば諦めかけてたんです。今までの罰が当たったんだって」 「……」 「…でも、急に頭の中に九条先輩の顔が浮かんで。何故か、逃げなきゃって思って。相手に蹴りを入れて逃げてきちゃいました」 一通り。 起きた出来事を話し終え、自嘲染みた笑いを零しながら、吸殻を灰皿に押し付ける。 ふ、と。 九条先輩は座っていたソファーから立ち上がり、俺が座っているソファーに腰を下ろした。 のと同時に。 そっと、俺を抱き寄せる。 抱き寄せられた腕から感じる、暖かい体温。 「…間違った事をしてきてしまったなと…、最近思うようになりました。…本気で人を好きになりたいと。でも、俺にはそんな資格、ないのかもしれません」 呟くかのように、言葉を発する。 抱き寄せられる力が増していく。 この人は、本当に優しい。 この人の優しさに甘えてしまいたくなる。 縋りたくなる、。 「凛ちゃんにも、人を好きになる資格はあるよ。誰にだってある。凛ちゃんが今までしてきたことを、自分自身で悔いているのなら、本当に好きな相手を見つけることが大切な事なんだと思う。でも、焦らなくていいし、ゆっくりでいいんだ。ゆっくり、そう思える相手を見つければいい。」 「九条先輩…」 「…でも、凛ちゃんに無理矢理キスをした相手に、俺は憤りを感じるよ。凛ちゃんをこんなに悩ませて。付き合ってたって言ったって所詮過去なんだから、その子は、その辺弁えられないのかな…って、これはただの嫉妬かな」 抱きしめてくれていた腕を少しばかり緩め。 俺の顔を覗き込み、そう言って九条先輩は俺の額に自分の額を寄せる。 目の前には、九条先輩の顔。 透き通るようなハニーブラウンの瞳に映るのは、湧き上がる怒り、悲しみ。 この人は。 こんな、どうしようもない俺の代わりに憤りを感じ悲しんでくれているのか。 胸の奥がギュッと締め付けられる。 この感覚は、一体何なのだろうか。 「凛ちゃん、もし良ければなんですけど」 「…はあ」 「今日は泊まっていきませんか。なんだか、今の凛ちゃんを放す気にはなれなくて。勿論、如何わしいことなんてしないけど、せめて今日はギュッとしたまま一緒に眠ってくれませんか。いや、これは唯の俺の我侭なので嫌だったら、」 「嫌…ではないです。…寧ろ、俺もそうしてほしい」 そう答えれば、先輩はニッコリと安心したように微笑む。 一瞬。 まるで、恋人のような甘い台詞に、 絆されそうになった。 きっと。 俺は、この人に敵う事はないだろうと。 そう感じる。 「お泊りの連絡はしなくて大丈夫?」 「一応…しときます。後が怖いんで」 「凛ちゃんは、愛されてるね」 そう言って、九条先輩は優しく微笑む。 相変わらず。 いつみても、この人が優しく微笑む顔は、とても綺麗だと。 素直に、そう思う。 俺は春に、 『今日は九条先輩の部屋に泊まるから』 というメッセージを送り終え。 ふと、考えるのは。 春の気持ちで。 俺は、春に対して残酷なことをしているのではないかと。 でも。 俺が春をそういう対象として見る事は出来ないのが現実で。 春は、可愛らしいし。 とても大切な友人には変わりないけれど。 それ以上の、きっと春が望んでいるような関係にはなれない。 行き詰った思考回路から逃げるように。 俺は、目の前の九条先輩の背中に腕を回した。
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